docu_tokiko
2006年7月28日 FUJI ROCK に登紀子さん現る!

みーん、みんみん、みーん。ざわめく夏がやって来た。

ビカッと照り付ける太陽に目を細めていたら、ブルルルと携帯のベル。
おっと、登紀子サマからではないですか。

「聞いて〜! 私ねー、今年、FUJI ROCK でるのよ〜」

「おお〜、でも、あれって若者の祭典じゃないですか?」

「ん? 何か言った?」

「あっ(汗)、いえいえ、夏らしくていいですね」

「そうなの、楽しみなの」


「富士」というのに、なぜか新潟の苗場スキー場で3日間に渡って開催される日本最大のフェスティバル。温泉地・越後湯沢の駅では、シャトルバス待ちの人・人・人。ここからすでに混雑は始まっているようだ。行列に並ぶこと1時間。バスに乗って会場まで40分。さらに、停留所からゲートまでてくてく30分。そしてゲートから森のなかを30分。なんだか、歌を聞くより前に登山にやってきた気分だ。

 パッと空が開けて、ようやく山頂! ヤッホー!…じゃなくて、ようやく登紀子さんが歌うステージ「FIFLD
OF HEAVEN」にたどり着く。遭難しそうなほど、恐ろしく巨大なFUJI
ROCKの会場は、11箇所ものステージが山のなかに散在しており、林道や木道でつながっている。ひとつの会場ごとに、カレーのにおいがプンプンして、洋服やアクセサリーのおみやげ物屋さんが取り囲み、にわかに出現した森の小さな“市”に、こころ弾む。

 開始前、続々と森から人が沸いて出て、あっというまに会場は20、30代の若者で埋め尽くされた。

 曇り空の下、のんびり座ってカレーを食べていたら、いきなり、真っ白なふわふわドレスを着た登紀子さん、パンパカパーンと登場! 曲は映画「紅の豚」の主題歌「さくらんぼ実るころ」。
 さっきまで、ゴロゴロ、地べたに転がっていた隣の若者たちが、「うおっ、まじかよ、ドレスかよ〜、ジーナー!!」と叫んで、ステージの前へ猛ダッシュ!






「すごい楽しみにしてきました。このステージでありったけの気持ち、歌いますよ〜」
「イエ〜イ!」

「年齢」や「遠慮」を軽々と超えてしまう若者の掛け声がおもしろい。

「ときこ〜、愛してるぜ〜」
「ときこさ〜ん、ちょーかわいい〜」

といったストレートな声に、登紀子さんも、まじまじと客席を見据えて、「ありがとー! ん〜、いい眺めだよ〜、いい顔しているよ〜、こんなに男の子がいっぱいきてくれて嬉しいわ〜」とご満悦。





実は内心、心配していたのだ。
ロックやパンクで育った若い人が登紀子さんの歌をちゃんと聞いてくれるんだろうか?。1日に何十人ものアーティストのコンサートが行われる富士ロックだから、ここにいる若者も登紀子さんのファンばかりではない。どちらかというと、「名前は知っているから、ちょっとのぞいてみようかな」という若者が多いだろう。

しかし、登紀子さんが、東を向けば東が盛り上がり、西を向けば西が盛り上がり、群集がまるで生き物のように反応する。

「Power to the people」と「あなたに」の2曲を熱唱し終わると、厚い雲から日が射してきた。

「千葉県の鴨川というところにね、夫がはじめた農場があって、そこにレモンの木を植えたの。オリジナルの曲を聴いて」

少し切ないギターに、さっきまでおおはしゃぎだった若者も目を閉じて聞き入る。弾き語りの「檸檬」、続いて母への愛を歌う「MAMA」。若者の心にも登紀子さんの思いが響いただろうか。

さあ、次の曲は「Iphupho」。

「ミリアン・マケバって知ってるー? え?3人だけ? 60年代にね〜、アフリカの歌手で…」

「登紀子さーん、ここにいる若者は、70年代から80年代生まれ。だから、まだ生まれていないですよ〜」と思わず、突っ込みたくなったけど、そこへ、若者たちと同世代の娘のYaeさんが登場。

 きょとーん…と目を見開いた孫の和麻君が、Yaeさんにガシッとしがみついて、観客を見下ろしている。とっても、セクシーなYaeダンスとコーラスを披露し、若者も思わず踊りだす。





「娘のYaeはね、200年の古民家を改造して夫婦で住んでいるの。私ももう一回、若くなって別の男の子とさー、いいね、そういう暮らしがしたいわね(笑)。ここに来ている人は、みんなホームレスでしょー?」
「えーーっ!」

登紀子さん、それを言うなら、「ホームレス」じゃなくて、「持ち家なし」です! あわわわ…と思ったけど、若者は大うけだ。

「若い人がよくね、『希望がないんですよ』って、いうけど、何十年も社会が安定するなんてことは、いつの時代もないのよね。いつでも、未来は暗いのよ。だから、今みたいに混乱している社会は、逆に見込みあるよ」

「いつでも、未来は明るい」
そう学校で言われて、私たちは育ってきた。
でも、実際、社会に出てみたら、教わったこととはだいぶ違っていた。

登紀子さんの「未来は暗い」という言葉にうそはない。
「だからこそ、考える。若者が考えて行動する時が来る」。それが登紀子さんのいう「見込み」なのだろうか。
「Iphupho」とは「夢」。今、ここにいる若者に、素敵な夢を描いて欲しくて、今日、この曲を披露したのかもしれない。

「愛しかない時」「百万本のバラ」に続いて、「宇宙船地球号」のラストテーマ「Now is the time」。途中、沖縄のカクマクシャカの安村磨作紀君がラップで登場して、会場を沸かせる。
 私の隣に立っていた客席の青年、ユラユラとステージに手を伸ばし前にフラフラ進み始めた。あらら、お兄さん、どちらへ? 宇宙と交信しているようなうつろな目。いや、よく見ると、すっかり目がハートマークで、どうやら、どっぷり登紀子ワールドにはまってしまったようだ。

アンコールの「知床旅情」の合唱でお別れ。大きく手を振る若者たち。いい歌は世代を超えていく。さわやかな緑のなか、なんとも余韻の残るいいコンサートだった。


写真提供:朝日新聞社



帰りがけ、すれちがったカップルが「登紀子、ちょーラブリーだったね」と話しているのを耳にした。20代の若者に「ラブリー」と言わしめてしまう登紀子さん。こんなうらやましい60代が日本にいるだろうか。と、ちょっと嫉妬してしまうのだ。

 

白石あづさ