酒と恋と陶芸と
鴨川自然王国・作陶編
みかんの木の下に、ひっくり返した醤油ダルひとつ。
この上で、のんびり静かに土を練る。
チュンチュン、ピーピー、鳥が鳴き、
虫が飛んでも、カエルが跳ねても気にしない。
「酒樽もいいわね」としきりに、登紀子さんは言っていたが、
そんな素敵な香りのする樽の上じゃ、酔っ払って
どれもこれも曲がった湯飲みができそうだ。
ここは鴨川自然王国。
澄んだ空気と陶芸の土が溶け合って、いいものができそうな気がする。
んん?、なんだかいっぱしの陶芸家になった気分。
「ちょっと、空気はね、練りこむんじゃなくて、押し出すんだよ。入れ込んだら爆発しちゃうよ」
あわてる川久保先生の声で、我に返る。「しょうがないね?」と笑って、空気をプスプス抜きながら、練り直してくれた。
小平市で陶芸教室を開く先生は、海ほたるを越えて、4ヶ月に一度ほど、この鴨川にやってくる。生徒は登紀子さんと私の二人。どちらも好き勝手にやるタイプなので、生真面目な先生はたった二人でも、汗をふきふき、てんてこ舞い。
先生は、登紀子さんの20代の頃からの友人だ。なんでも、八王子で住み込みの工房で一緒だったのだとか。若い陶芸家の卵10数人との共同生活。日中は作陶に打ち込み、夜は大宴会。マンガ家でいえば、「トキワ荘」みたいな感じだろう。もちろん近所からの苦情もてんこ盛りだったそうだけど、ああ、なんだか楽しそうな毎日だ。
「その頃の登紀子さん? だんだんお腹が大きくなったきているのはよく覚えているなあ。しかし、今日は登紀子さん、まだ来ないな?」
「お客さんが来て、一緒に畑行ったみたいですよ」
「畑? 日が暮れちゃうよ。おっ、一句できた。
♪待ちぼうけ いつまで待てば 来るのやら」
「おー、先生、夕暮れに合いますねぇ…」
「うむ、また一句。♪登紀子さん まだまだ来ない 登紀子さん」
今日は本焼き。登紀子さんが絵付けをする予定の皿が70枚ほど、ずらりと並べられている。今日中に釜詰めをして、明日、早朝から焼くから、早いとこ来て、絵付けしてほしいノと静かに願う川久保先生、思わず一句、ひねってしまったのだろう。
山に日も落ち、いよいよ先生が3句目をひねろうかというとき、ようやく登紀子さん登場。
「おまたせ。何、遅いって? 大丈夫! 私、はじめたら早いのよ!」
トラのようにキッと鋭い眼光で、筆をとるや否や、ハーッと気合を入れて皿に模様を入れ始めた。
登紀子さんの前に皿を出す、描く、出す、描く、出すノハイッ、ハッ、ハイッ、ハッ…。
まるで、餅つきのような絵付け作業。70枚の皿が、あっという間に「絵皿」に変わる。
「フーーッ! どう?」
お見事!! 思わず先生と拍手。
気合で描いた絵皿はどれも邪念がない(ような気がする)。登紀子さんは、絵付けしたお皿を、王国のイベントや宴会などに使いたいという。
せっかくだから、王国の名前もお皿に入れましょう。
ん? 登紀子さん、国の「点」が抜けてますよ。
あら、いけない。はい、チョンと。次はこれ。
おっ! 今度は、「王国」じゃなくて「玉国(タマコク)」になってる!
ほんとだ! アハハハ。ま、いいか。
さあ、お皿を釜につめたら、八王子の工房同様、持ち寄りの宴会に。陶芸修行に来たというのに、先生、ごめんなさい、私のカバンは日本酒とおつまみがぎしっりです。
グビグビグビ。鼻のきく鴨川の若いスタッフたちも、お酒の匂いに釣られてやってきた。
さあさあ、みんな、飲んで、飲んで。ん?、うまい!
月も上がり、宴もたけなわ。
今日は、昔馴染みの川久保先生がいるからだろうか?
登紀子さんが女子学生の頃の話を始める。
「私ねー、けっこうオクテだったのよ。はじめてキスしたのもね、大学生になってからかなあ」
「お?、意外ですねー」
「でね、その初めてキスした相手が、妙にキスがうまい!(笑) あったまにきて、ひっぱたいちゃったの!」
「えー、なんで?」 「わかる、わかる」 「いや、わからん」
今夜はみんなでキス談義…から別れ話まで、「恋バナ」トーク全開!
普段、穏やかな川久保先生まで「ムムッ、登紀子さんがそこまで話すなら、僕も話さなくてはいけませんね」と、チョイ悪オヤジモード!?
「しかし、なんでかしら? 今日はこんなに恋の話で盛り上がるなんて」
その日のお酒は、先日、私が四国の取材で帰りに買った愛媛の日本酒・その名も「恋ごころ」。
「うん、このお酒のせいね」「そうそう、この酒がいけない」
みんなお酒にせいにして、ああ、しゃべった、よく飲んだ。気が付けば月も山に隠れ、日付変更線もとっくに超えている。明日、早いんだよね。ま、いいか。そうだね、ま、いいでしょ。
ま、いいか……時間に追われ、約束に追われ、さまざまなルールとデジタルに囲まれた東京生活に疲れている私は、このいいかげんな言葉の響きが、なんとも気持ちいい。
ここは、鴨川のトキワ荘。
風が吹けばギシギシ鳴るような小屋だけど、登紀子さんとスタッフの夢がギュッと詰まっている。木の下で土をこね、お酒を飲んで笑いあう。
ただそれだけなのに、東京に戻っても、なんだかおおらかに暮らしていけそうな気がするのだ。
白石あづさ