docu_tokiko
飲んで飲まれて
ほろ酔いコンサート2006




街には輝くイルミネーション、大通りは渋滞となり、路上にはたくさんの酔っ払い。
忘年会のカンパーイ!という威勢のよい声が聞こえる年末になると、東京・新宿では、登紀子さんのほろ酔いコンサートが始まる。

飲み屋ではない。コマ劇の地下だ。けれども、はやり、拍手にまじって聞こえてくるのは、「カンパーイ!」の音頭。
東京でのコンサートだから、たまには…とドレスアップしてやってきた上品な夫婦がいたとして、「あれ? 地下は飲み屋街だったかしら? 場所間違えたかな?」と引き返してしまったら、いったいどうするのだろう?と余計な心配をしながら、階段を下る。

なにせ、会場への入り口にドーン!と大樽が積み上げてあるのだ。こんなコンサートってほかにあるだろうか? もう「あたりまえ」のように、「さあ、どうぞ」と、樽から汲んだ日本酒を差し出されるのだけど、もしこれが、はじめてやってきた上品な夫婦だったら、きっと全国日本酒品評会のイベントかと思って引き返してしまうに違いない……と、また余計な心配をしつつ、席に着く。





今日はほろ酔いも最終日。
赤と黒の小悪魔風チョイ悪ドレスで登場した登紀子さん。
テンションもしょっぱなから最高潮のようだ。

♪余計なものは みんな捨てて
どこで 死んでも 同じこと♪

「先日、63歳、いえ、37歳のお誕生日を迎えたのー! イエーイ!
ほろ酔いコンサートも34回目。コマ劇もオープンしてから50年建ちました。
歴史のある建物っていいわねー。そういうの、東京にどんどんなくなっちゃう。
え? お客さん、天井、心配しているの? まあ、去年は水がこぼれたんですけど、
今日はお天気だから、ダイジョーブよ!」

根拠のない自信たっぷりに断言した登紀子さんが次に選んだ歌は、「時には昔の話を」。

「2番目に、♪道端で寝たことが〜 という歌詞があるでしょう。
ほんと、昔の学生は貧乏だったんですよ。なのに毎晩、飲んで歩いていたのよね。
そうなの、きっと誰かが払ってくれていたのよね。見知らぬ、おっさんが。
私たちはそういう、おっさんにならなきゃいけないのよ!」

登紀子さんの話は、小さな名もない飲み屋から、ゴーゴー喫茶へ。

(メイドカフェは知っていても、なんで喫茶店がゴーゴーなのか? と首を傾げる若い読者のみなさん、当時はやっていたゴーゴー喫茶とは、激しく体をくねらせて踊るゴーゴーダンスが生バンドで踊れるところだそうです)

「やっぱり、新宿の夜はいいわねー。私が若い頃は、夜は寝ないという時代。
いや、年頃……ってだけなんですけど。あるゴーゴー喫茶でね、みんな踊っていたはずなのに、気がつけば私一人が踊っていてね、そこへ、おまわりさんがやってきて、『未成年者がこんなところで!』って叱られて、
『ハイ、ごめんなさい』。それで、私だけ捕まって、嘘の名前と、18歳って年齢を書いたんですけど、ほんとは24歳だったのよ。え?なんで言わなかったのかって? だって、未成年か?と聞かれたら、ハイと答えるしかないじゃない(なんで!?)。そしたら、まわりの女の子が『あんたひとりにごめんね』って、みーんな仲良くしてくれて、ああ、なんだかおもしろい時代だったわねー! アハハハ」

いや、おもしろいのは時代じゃなくて、登紀子さん、あなたです。
いったいコンサートに来たのか、酒盛りにきたのか、漫才にきたのか、あ、いえいえ、私は取材に来んだっけ。さあー、何でも気合入れてメモしますよー。と鉛筆を握り締めるや否や、客席から声が飛ぶ。

「ときこさーん、乾杯! しないんですかー?」
「私は、とっくに飲んでいるわよーっ!」
「おおーっ!」

酒飲みの歌手には、酒飲みのファンがつくのかもしれない。いや、間違いなくそうなのだろう。
休憩時間には、おかわりを求めるお客さんで酒樽のまわりがにぎわっていたから。

第二部は、シャンソンを中心としたグッと大人っぽいプログラム。最後の曲、百万本のバラを華やかに歌い上げると、会場からたくさんの花束…にまじって、たくさんの一升瓶が贈られる。
気を良くした登紀子さん、巨大な杯に、なみなみと注いだお酒を仁王立ちでゴクゴクゴク。

「カンパーイ! どこまでも行こうね! 
♪酒飲めよー、ヘイ! 酒飲みはー、ヘイ!」

いつのまにか酒飲みの歌の大合唱。若者もおじさんも、頬を赤くして、ヨイヨイと踊りだす。
ステージも負けてはいない。ピアノの江草啓太さんが、カミナリ様のようなカツラをかぶり、バイオリンの渡辺剛さんが“志村けんのへんなおじさん”変身用のメガネとヒゲをつけて登場。








カミナリ様がピアノを鳴らし、“へんなおじさん”がバイオリンを弾く。そして、お酒をねだる観客に舞台から日本酒をついであげながら、自らも杯でグビグビ飲んで歌う歌手・加藤登紀子。

むむむー、なんのトリオなのか分らなくなってきた。
アンコールのアンコール、そのまたアンコール。
さっき、「朝までやろうねー」と言った登紀子さん、ほんとに、お客さんを朝帰りさせそうだ。

スタッフから渡されたエレキギターを登紀子さんが弾き、ギターの告井延隆さんがジョン・レノンの「イマジン」を歌う。

オールスタンディングとなった会場で、客席の今日たまたま隣に座った知らないお客さんどうしが、手をつなぎはじめた。年齢でいうと団塊の世代----私の母くらいだろうか。
知らない人と手をつなぐ。共感しあう。
女子学生みたいに、ギュッと手をつないでいる。
お酒が入っていることもあるだろうし、明日になればまた日常に戻るとしても、だ。

人と人は手をつなげるんだ。
そんな何気ない光景にジーンとしてしまった。「いい一年だったね! 2006年にかんぱーい!」

「2007年、あけましておめでとうございます。これは新年用。もう一杯。かんぱーい!」登紀子さんの乾杯の音頭が、酔っ払いの集まる町・歌舞伎町に響く。
そんなほろ酔いコンサートが今年も終わった。






★もうひとつの終わり

コンサート終了後、登紀子さんは急いで表参道へ向かう。もうひとつの「終わり」に向けたパーティが表参道で開かれているからだ。登紀子さんのお母さんが開いたロシア料理店。そのひとつ、15年の歴史のあるロシアレストラン「テアトロスンガリー青山」が12月30日で幕を閉じる。

路地を入り階段を下りると、哀愁たっぷりのロシア民謡が聞こえてきた。座る場所もないくらい大勢のお客さんが詰め掛け拍手を送る。みんなこの店の終わりを惜しんでいる。事務所の社長の華麗なバイオリンの演奏もあれば、ゴスペラーズのメンバーもステージに飛び入りもありで、にぎやかなステージとなった。

「さみしいね、同業者として、ロシア料理店がなくなっちゃうの。
でも、今日は、懐かしい顔にいっぺんに会えて楽しいよ」
……でも、さみしいなあ。楽しいなあ。やっぱりさみしいなあ。
そう繰り返し、渋谷でロシア料理屋を経営している初老の男性は目を細めた。

急にマザーグースの歌を思い出したのだけど、こんな歌だったろうか?

あまいはからい からいはあまい
きれいはきたない きたないはきれい
それから君は?

あとは忘れてしまった。では、こんな続きはいかがだろう。

出会いは別れ 別れは出会い
始まりは終わり 終わりは始まり

ここから、たくさんの噂話や内緒話、いろんな出会いが生まれた。
また、今日もたくさんのお客さんが、店の思い出話に花をさかせている。

つながる思い出。広がる出会い。
ひとつの終わりは、ひとつの始まり。
また、新しい年がやってきた。

白石あづさ