アルバム『シャントゥーズ ll 』レコーディングレポート
去年のレコーディングからちょうど一年、今年も『シャントゥーズ ll』と題して、加藤登紀子のシャンソンの世界がまたひとつ膨らむことになった。
去年の『シャントゥーズTOKIKO』がシャンソンの古典、登紀子の十八番の総集だとすると、今年のアルバムは新しく手がける曲が多く、中でも、日本のアーティストの曲提供を受けたJシャンソンと言えるオリジナル曲も盛りこむという意欲的な一作。
去年に続いて、今年もスタジオにレポーターとして同行し、レコーディング風景を見とどけることにした。
プロデューサーはピアニストの島健さん、エンジニアには小貝俊一さん、ディレクターはユニバーサルミュージックの末崎さん、去年と全く同じメンバー。
同じスタジオで顔を合わせた時、何か去年のスタジオの空気がそのまま続いているようで、なつかしいような、わくわくするような、不思議なスタート。
一月二十三日の初日はピアニストとしての島さんの独壇場、完全ソロの曲から。
今回のアルバムの中で最もポピュラーなシャンソンとして選んだ『ラ・ボエーム』。
島健と加藤登紀子がはじめて同じ瞬間に向き合う最初の音から、もうレコーディングは始まっている。先回の時も、ファースト・テイクが最高というケースがあったから、エンジニアの小貝さんも心得ている。ステージでの共演は一度もない二人だけど、不思議なくらい打ち合わせなしの一発勝負が決まる。
力をぬいて、淡々と、そしてリズムにピッタリと体を添わせるように歌う。それがこのごろの登紀子のつかんだ歌唱法。「クールで熱く」だ。
歌いなれた『ラ・ボエーム』は、声のトーンが安定した2テイク目でほぼOKがとれた。
島さんの判断も早い。
「いいんじゃない?これ!!」ということで、ピアノはOK.。歌の方も、細かいチェックを済ませ順調に終了。
さて二曲目は、『野ばら』
あの有名なゲーテの詩がこんな風に歌われるのを私ははじめて聞いた。
ちょうど登紀子が「百万本のバラ」を歌い始めた頃、世界で百五十四以上もの『野ばら』があるというテレビ番組があり、花づくしの演出でプログラムを組んだ時、この曲をとりあげたそうだ。
いつか絶対レコーディングしたいという執念で、二十年前の音資料を探し出した。
島さんにとっては、未知の曲。でもこの曲の美しさを満喫出来るような、ピアノの音色はさすが。
この曲は、世の中に楽譜があるだけで、レコーディングされた事がないそうで、世界で初かもしれない。登紀子の日本語訳はゲーテの詩の忠実な訳。ぞくぞくするような詩の本当のスリルが味わえる貴重な一曲だ。
二日目は、何と出来たてほやほやのオリジナル曲に取り組むことになった。
このレコーディングの打ち合わせのあった一月十八日までに、曲が仕上がり、詩に推敲を重ねて今日を迎えている。
末崎さんのアイデアで、フランス語の語りを入れることになりスタジオにイラン・グエンさんという通訳の方が来られ、歌の冒頭の歌詞と最後の二行を仏訳。加藤登紀子の作詞作曲なのに、フランス語から入る、というめずらしい演出。途中のもり上がるサビも仏語になった。
タイトルは、『La Vie−今ここにいること−』
忙しく生きて来た団塊の世代には必須の歌。今やっと、本当の人生の意味にたどりついた男の深い思いが描かれている。
ピアノ一本で歌をとり、大編成のストリングスで仕上げることになっている。最後の仕上がりがすごく楽しみな一曲。アルバムの要になるはず。
さて三日目、スタジオには、ドラム、ベース、が加わる。ドラムは去年と同じ渡嘉敷さん。ベースは、島さんが「大仏」と呼ぶ、大御所ベーシスト、高水健司さん。
まずはバルバラのシャンソンから選び抜いた『わが麗しき恋物語』。
今回、はじめての日本語訳で取り組んだなかなかの難曲。
といっても、軽い三拍子のこの曲には、力を入れたらおしまい、というのでミュージシャンにとっては、かえってそのシンプルさがむずかしい。
全員がピタッと向き合える、リラックスした緊張感が不可欠だ。
そしてもう一曲。
シャルル・アズナブールの『私は一人片隅で』
一九七一年収録のアルバム「美しき五月のパリ」の中で登紀子自身が歌った音源をみんなで聞くことからはじまった。
まだ20代の登紀子の声のあまりの可愛らしさに一同、大歓声。
登紀子自身はちょっと照れている。今回はがらりと大人の雰囲気でいきたい。
まずは、島さんがとびきり華麗なピアノで入ったテイクをとってみる。
「何か違うなあ」と登紀子。
「フランス風じゃなくて、もっと辛口のジャズで行こう」
ということになる。
それなら、お手のもの。がらりと変わった大人のせつなさがクールに出て歌も、最後のセリフも決まった。
「これ以上はないだろう」と、皆、拍手。
この曲は、さらに後日ストリングスが入り仕上がる。楽しみだ!!
二十八日、スタジオは、ドラム、ベース、にギターが加わる。若手の人気ギタリスト田中義人さん、そして、トランペットの五十嵐一生さんが来ている。
ちょっと遅れて登紀子が登場した時には、もう、ノリノリでファドの『孤独』を録っているところ。
ミュートのかかったトランペットが抜群、リズムの切れも最高。島さんは「もうこれとれちゃったんじゃない」と興奮している。
すぐそれに歌を入れて、みんなで聞いてみる。
詩の内容がわかって、やっぱりもう一回やって見ようということになり、もう少し、しっとりとしたテイクが仕上がった。
「でも、みんなが歌を聞いて寄り添っている感じが良くないな」と登紀子。
最初のテイクがOKとなる。
二曲目は加藤登紀子の作詞作曲の新曲。
タイトルは『あまのじゃく』。
これが、なかなか力のぬけた粋な歌詞で軽いブルース。
「これって、アルバムの『箸休め』みたいな感じの曲なのよ」という登紀子の言葉に
「いやあ、なかなか、それ以上にいいんじゃない?」と島さん。
シンプルなブルースだけど、ちょっとおしゃれ。ストリングスを入れてみようということになる。
そしていよいよ藤井フミヤさんの提供曲『野ばらの夢』。
シングルにしたいねというみんなの意見で、いろんな角度から何度もやってみる。
竹久夢二的叙情と、大人の女の深い想いにどっぷりとつかれるような一曲になりそうだ。
二十九日、この日がレコーディングのハイライト。
スタジオには、ドラム、ベース、ギターの他にパーカッションのまたろうさんと、バンドネオンの啼鵬さんが登場。
この日はのりのりの三曲。
アダモの新しいアルバムからのカバー『もう離さない』、そして、星勝さんの曲『ロンド(輪舞)』、それに、ゴスペラーズのマニピュレーター(コンピューターを用いて音楽を作成、操作する人)宇佐美秀文さんの作曲した『ギタリズム』。この曲は、村上さんとのデュエットになるというので、これまたシングルにしたい一曲。
のりの曲は、あんまりひねらない方がうまくいく。気合一発だ。
ギターとバンドネオン、ピアノの掛け合いが聞きどころ。メンバーは、一曲やるごとに上着をぬぎ、長袖をぬぎ、半袖のTシャツ姿になっている。
楽器を一つ一つかぶせているうちに、どんどん出来上がっていく。面白い一日!すごい一日!登紀子にとっては久し振りの「のり曲」だけに仕上がりが楽しみ。
そしていよいよリズム録り最後の日。
スタジオは再びしっとりとドラム、ベース、ギター、ピアノ。
登紀子の十八番『リリー・マルレーン』だ。
一九七五年、レコーディングした時と同じ、原詩とは少し違う自由訳で今回は、ゆったりとやさしい『リリー・マルレーン』をめざした。
デートリッヒを髣髴とさせる心の奥にしみこむ登紀子の歌に、思わずみんなで拍手。
レコーディング最終日にふさわしい一曲となった。
そしていよいよギター一本で歌う『夜の通行人に捧ぐ』。
アルバムの選曲の最後に決まった曲で、はじめてのイヴ・ディティーユ。
日本ではあまりポピュラーではないけれど、フランスでは大ヒットとなった名曲だ。
ギターの田中義人の入魂の演奏。他には何もいらないということになる。
今回のアルバムは以上の十三曲に、またさらに二曲。二月二十二日、二十三日にストリングスと一緒に歌う事になっている。
クラシックの名曲『愛の歓び』と今年のヒットソング『千の風になって』。
シンプルなメロディーに、深い訳がついたこの二曲は、大きな反響を呼びそうだ。
今回の全十五曲は、それぞれ、内容の濃い曲ばかり。
一作目の『シャントゥーズTOKIKO』と比べると、ぐっとコンテンポラリーな新しさにあふれている。
一枚目の曲と、この『シャントゥーズll』で構成するこの夏のコンサートは、相当盛り上がりそうだ。
アルバム完成と、ライブの登紀子を心から楽しみにしている。
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