- 『ほろよい物語』で世界一周!

●トラさんからのプレゼント?●
家のポストを開けると白い封筒。
おっとこれは、登紀子さんの新しいアルバムではないですか。
その名もずばり「ほろよい物語」。
ほろ酔い…? 目を閉じれば、ほろ…ではなく、大トラの登紀子さんばかりがまぶたに浮かぶ。
2年前の新宿・歌舞伎町。
床の抜けそうな中華料理屋で何十杯目かのラオチュウを並々とグラスにそそぎ、「朝まで飲むわ!」と気勢を上げる登紀子さんをなだめてすかしてタクシーに押し込んだこともあった。
3年前の鴨川自然王国。
焚き火の前で一升瓶を抱きしめ陽気に歌う登紀子さんをなんとか家まで見送ったはいいけれど、居間に飾られた国宝級?の麒麟の瀬戸物に、いまや飛び掛らん!「わあああ!やめてやめて」と必死で大トラから麒麟を守ったのは、この私なのだ。
いやいや、私なんてまだいい。鴨川自然王国のスタッフの宮ちゃんが言うことには、真夜中に「ものども行くぞ!」「おおー!」と酔っ払いの集団で山に登ったら、突然、登紀子さんが消えた! 崖の下をのぞくと、木に引っかかっていた……とか、そうそう、それから…
おっと、大トラ話は枚挙にいとまがない。うっかり原稿が終わってしまう前に、 さっそくアルバムを聞いてみよう。
●酒飲み世界一周旅行へGO!?●

タイトルから察するに、すべてお酒がらみの選曲かと思っていたが、実はそうではない。もちろん、「酒は大関」「酒がのみたい」など酒にちなむ曲は随所に散りばめられてはいるが、シャンソンあり、バラードあり、ノリノリのロックありと変化がいっぱい。二枚組みにもかかわらず一気に聞いてしまった。
実はこのアルバム、「それは『サヨナラ』からはじまった」から「訣別からあしたへ」まで、全部で8話のストーリーが詰まっている。なるほど、登紀子さんの半生や年末の『ほろよいコンサート』と振り返りながら聞き進めることができる……なーんて情報は、後からアルバム付録の歌詞や解説から知ったのだが、歌詞カードはそのままに音だけ聴いていたら、なんだか世界のあちこちを旅しているような気分になってきた。
アルバムに登場するフランス、キューバ、ドイツにグルジア。そう、みんな酒のうまいところ。
わたくし事なのだが、数年前、つとめていた会社をやめ、3年間、世界中をあちこち旅していたことがあった。
パリを訪れたのはちょうど新緑の季節だっただろうか。「美しき五月のパリ」や「さくらんぼの実るころ」を聞いていると、セーヌ川のほとりで安ワインをあけて語りこむ人々を思い出す。私も友達になったパリジェンヌとつたない英語でお互いの国の男の子について語り合ったのだが、酔っ払っていたから、たいていのことは忘れてしまった。
しっとりとしたパリからドイツへ。ベルリンの小さな酒場では、誰かが誕生日らしく店内は大騒ぎ。「リリー・マルレーン」のような妖艶な美女も兵隊さんもいなかったけれど、かわりにビックで赤ら顔をしたおじさんの集団が調子っぱずれの歌を大声で歌って、マスターにこっぴどく怒られていたのをよく覚えている。
西欧から中欧へ。「百万本のバラ」の舞台となったグルジアもまたワインがうまい国だった。ちょうど私が訪れたときは、内戦のためか部屋の電気はつかないし、ガスも不足しているのか風呂のお湯も出ないけれど、酒場ではワインの栓がポンポン抜かれていた。バラのかわりにナンパに励む若い男の子たちで広場はにぎわっていた。
これらどの歌も、叶わぬ恋、革命で流された血、戦争などがテーマの哀しい詩と分っているのに、私ときたらどうにも、ろくでもないことばかり思い出してしまう。 けれども悲しみのなかにも小さな喜びがあり、その小さな喜びを大事にして生きている…そんなメッセージが当時の歌に、こめられているように思う。
●酒なくして何の人生か●
さて旅は進む。南米から中米へ。キューバは旅した100カ国のなかでも、もっとも好きな国だ。サトウキビから作った自慢のキューバンラム。良いものは輸出用だから庶民が口にするのは安いラム酒だけれど、仕事を終え路上で夕涼みするおじさんたちは、実にうまそうに酒を飲む。
月が上がってくると、自宅から古い楽器を持ち出し、即席の路上演奏会のはじまり、はじまり。白いワンピースを着たおばあちゃんが近所の若者が腕を組んで踊出し、手拍子を打つおじいさん、おばあさんの目を盗んでは通り過ぎる若い女の子に投げキスをする。
登紀子さんの歌う「ゲバラ・アミーオ」はそんな元気で陽気で明るいキューバの人々の顔がたっぷり思い浮かぶ。社会主義、革命、勤勉といった厳格なイメージがあったけれど、恋と酒と歌がなくして何の人生か。
♪だけど思いはひとつ
それは今夜の酒の味
かわいいあの娘のことなのさ
コパニュエル!! チェ・ゲバラ
ねえねえ、そんなに小さいことで悩んでいないで、酒を飲もう、そして恋をしよう。 退職を迎える団塊の世代にも、先行き不安な若い人にも、このアルバムはズンとくる。
哀愁と陽気さ、そしてとびきりの応援歌がつまっているのだ。
ああ、この曲たちを小さな酒場で聞きたい。
年末のシアターアプルもそりゃ楽しみだけど、旅から旅へ、小さな酒場でギターを抱えて歌う登紀子さんもいつか見てみたい。全国酒場ツアーなんてどうだろう……って一瞬、思ったんだけど、きっと毎夜、酒瓶、空になるまで放さないんだろうなあ。
「大トラ物語」。これが次のアルバムのタイトルになったら、いったいどうしようかと、本気で心配になるのだ。
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