docu_tokiko
  • コマ劇最後の「ほろ酔いコンサート」
    ~「1968」に込めた若者へのメッセージ~



    「若者はどうして怒らないの?」

    登紀子さんがよく私にこう聞くのだけど、どうにも答えようがない。

    怒ってないわけじゃないけど、どちらかというと、不安でいっぱいなのだ。何しろ、2008年という1年は、秋葉原での通り魔事件、神隠し殺人という奇怪な事件が次々と起こるわ、ガソリンは高騰するわ、派遣切りや企業の倒産に株価の大暴落。さらには2009年、100年に一度といわれる大不況に突入するというのだから、暗澹たる気持ちにならないわけがない。

    でも、いったい誰が状況を悪くしているのかもよく分らないし、自分の身を守ることだけで精一杯。デモをやるより、社会について考える時間があるならば、自分は生き残れるように、資格を取ったり、スキルを磨いたりするほうがいい……という若者が多いんじゃないかな。登紀子さんが学生のころの熱血漢あふれる若者とは違うのです。

    登紀子さんの歌う「パワー・トゥー・ザ・ピープル」。「この曲を聴くとやる気になるのよ」という人がほとんどなんだけど、私といえば、「さあ、立ち上がれ!」という内容の歌詞に、とても素敵な曲なんだけど、ときどき「立ち上がる元気などありません」とばかりに、しんどくなってしまう。

    ……と、そんなウナギのようにのっぺりとしたやる気のないことを言ったら、登紀子さんにビシバシ叱られるだろうか。しかし、まわりの友人たちも、似たような反応が返ってきた。

    「若者がなぜ怒らないかって? 自分の親もそう言うけど…。『昔の学生はもっと社会について真剣に考えた』って。でもさ、バリケード封鎖してもデモ行進しても、結局、何も変えられなかった。安保はそのまま通っちゃったもの」

    「そうだね、それに熱血していた学生も、ほとんどが学校を卒業すると、さっさと就職して、就職した後は、安保?そんなこともあったね、って感じでさ。バブルのいい時期も味わって、とりあえず退職金も年金も出るし。そういう人に限って『今の若者は…』なんていうんだよなあ」

    「そもそも怒り方が分らない。デモってどうやるの? どこに抗議すればいいの? 不景気や治安の悪化って政府に抗議したところで、どうにもならないんじゃないの?」

     それに、生活の意識も違う。今は「ある程度働いたら女の子は結婚」という時代ではない。「一生ひとりかも」「結婚しても相方がリストラされることもあるし」と考えれば、男女問わず、山のような残業を深夜まで、黙々とこなすことだってある。仕事をしないのも不安だし、それでいて仕事に没頭すればするほどストレスになったり。  

    アニメ「サザエさん」に出てくるゆとりある社会、のんびりした家庭なんて夢物語。そもそもネコはキャットフードを食べるもので、お魚くわえたネコなんて見たことない。サザエさんは、もう時代劇なのだ。  

    「そう、そう、親世代とは何もかも違うよね。何を言われてもね」    


    …と、会場に座っている親世代の人々を見まわしながら、そんな友人たちとの会話を思い出していると、壇上の登紀子さんが新曲を披露するという。

    「アラサーとかアラフォーなんて世の中言ってるけど、私たちはアラフィー? 還暦ってことでアラカン世代かしら? 今日は『1968』という新曲を一曲、歌います。1968年は私が大学を卒業した年。これからどうやって生きていくの? という私の想い。そして世界中にいろいろなことが起きた年。闇のなかから…竜巻のように光が射す時がくるのかな? このツアーの少し前にできた曲です」

    1968年。
    私はまだ生まれていない。
    ベトナム戦争が続き、日本では学生運動が盛んだった時代……というくらいは知っているけれど。

    エレキギターがウィーンとうなり、何かを産みだそうとするような混沌とした1968年が、登紀子さんの絞り出すような声でつづられていく。

    最初に聞いたときは、なんとなく「パワー・トゥー・ザ・ピープル」と、似ている気がした。でも、それよりも、もっと素直に心に響くような気がする。

    登紀子さん自身のターニングポイントになった私的な「1968年」を歌っているのだけれど、なんだか、ぞくっとしたのは……歌手、というより、なんていうんだろう? 登紀子さんの顔が革命家のようだったから。

    客席に向かって「何か、今、しなくては」という、せっぱつまった想いが伝わってきた。

    「ベトナム戦争があり、パリでは暴動が起き、キング牧師が暗殺されたり、日本では学生運動が盛り上がった時代。世界中でいろんなことが起きた1968年。今と状況は似ていませんか?」

    1968年が今と同じ?
    違う、違うと思っていた親世代の時代が?
    けれども、「1968」で、登紀子さんの言いたいことが、ようやく分ったような気がした。
    闇の中から光を生み出そうともがいた1968年。
    何も今、ヘルメットをかぶってデモへ行けといっているわけではない。

    2年前、フジロックでこんなことを言っていたのを思い出した。

    「未来に希望なんてないのよ。いい時代なんて長い歴史のなかではほんの一握り」

    会場にいた若者がドーンと一気に沈んだのを思い出す。 「へんなことを言う歌手だなー」と思った人もいただろう。

    「でもね、不安な時代って、何かが生まれるチャンスなのよ。マイナスはプラスに転化するのだから」

    世界中が産みの苦しみにふるえていた
    誰もが輝いて生きる世界を夢みて
    命がけで愛し命がけで祈った
    喜びの歌をうたいながら

    (中略)

    野に咲く花がたとえ枯れ落ちても
    希望の種は生きつづけている
    傷ついた心が泣きつづけても
    生きている今日が明日を拓く
    生きている今日が明日を拓く
    生きていく命が明日を変える
    生きていく命が明日を変える

    1968 1968 1968 1968 1968 1968


    何か始めなくてはいけない。何か状況を変えなくてはいけない。
    でも何もできない。
    目に見えない何かに不安になったとしても、自分の今日ある命を生きていく。
    生きているうちに、ゆっくりと未来が変わっていくのかもしれない。

    1968

    何もかも自由でいいはずなのに、閉塞感でいっぱいの世界で生きる、
    そんな若い世代の人にも、ぜひ聞いてほしいと思う。






白石あづさ

「THE EIKEN TIMES」に加藤登紀子インタビュー掲載中!!


白石あづさ

10月28日生まれ。東京在住。
生誕1万日目に思い立って勤め先を辞め、

約3年の世界放浪の旅へと旅立つ。
その間、訪ねた国、地域は約100にのぼる。
帰国後、フリーライターに。
ライフスタイル誌や人物インタビューなどを中心に活動。
2008年5月30日に小学館より「世界のへんなおじさん」を出版。

<blog>http://www.hennaojisan.com/