- 心の距離は25センチ!
アースディ40周年記念講演

六本木一丁目の駅から地上に出ると、満開の桜。ライトアップされた枝からヒラヒラと花びらが舞っている。今夜はアースディ40周年を企画して環境団体グリーンズが企画した「祝アースデイ40周年!現代の若者たちへ贈るメッセージ 」が開催されるのだ。赤坂サカスの一角にある小さなカフェに、たくさんの若者が集まっている。
別のレストランでスタンバイしている登紀子さんに会いに行くと、腹が減っては戦ができぬとばかりに、ぱくぱくと杏仁豆腐を食べていた。
「来たわね。あなたも食べなさい。ここの杏仁豆腐、ほんとすごいのよ」 「ぬ、確かにすごい。ところで、もう若者、集まっていますよ」 「楽しみだわ。1968年も、ほんとすごいのよ」
小鼻をふくらまして登紀子さんは語る。登場前から気合十分のようだ。なぜ1968年に登紀子さんがこだわるのか、コンサートのなかでもよく語ってきた。けれども、今日は、コンサートではなく、1968年とは何だったのか、またそれが未来へどうつながっているのか、じっくり語るイベントなのだ。
●中学時代に考えた未来
カーキ色のコートを翻し、たくさんの拍手に迎えられ、登紀子さんは会場へ。グラス片手に耳を傾ける若者たち。司会のグリーンズのスタッフのおふたりもウキウキはりきっている。
「嬉しいわー、みなさんに会えて。私がね、中学校のときクラスのみんなと考えた未来はね、高層ビルがたくさん建って、宙に浮く乗り物ができたり、食べなくても栄養がとれる錠剤ができたり…。今、思えば、当時は自然がありあまるほど周りにあったから、自然よりも科学。ないものねだりだったのね」
68年。日本で学生運動が盛り上がった年。日本だけではない。アメリカでも、ヨーロッパでも、世界中の若者が立ち上がった。
「あのロバート・ケネディがね、こんなことを言っていたの。GNPが上がることと、人の幸せは決して比例しない。戦争で人を殺すために物が売れればGNPに反映される。けれども、自宅で家族と幸せに過ごしてもGNPは動かない。だからGNPで幸せを測ってはいけないんだ、って。若者に熱狂的に受け入れられたケネディが暗殺されたのは68年なんです」
会場から、「へー」と声があがる。中国とインドに挟まれた小さな国・ブータンではGNPのかわりに「GNH(国民総幸福度)」を測る。もし、ケネディが暗殺されなかったら、アメリカはどうなっていたのだろう。ブータンのように経済よりも幸福度を考える国になっていたかもしれない。
「そして、キューバの英雄、チェ・ゲバラがカストロと決別したのもこのころです。カストロは考えます。アメリカであろうとソ連であろうと自分の国のために、ほかの国の自由を奪うことは許さない。本当の平和は、世界中に小さなキューバを作ることだ。大きな国が小さな国を吸収していくことではないだろう、と」
窮地に立たされたキューバを守るべく、ソ連に助けを求めざるを得なかったカストロの立場を思いつつも、大国の支配に苦しむ小さな国を支援するため、ゲバラはキューバを去る決心をする。
「そんな大国主義や軍事産業の上に生活が成り立つ世界ではなく、もっと世界を変えていこうと生まれたムーブメントがアースディにつながっていくんです。自分たちの命綱が戦争でも大国の都合でもない。もっと違った世界を求めて、体制の外に出ていった若者たちがいたんですね」
ベトナム戦争。68年には日本でもアメリカでも平和を求める若者たちを中心として、大きな反対デモが起きた。戦闘は終わったけれど、そのときに撒かれた枯葉剤の影響で、未だに手足のない子供が産まれている。
「私たちの体は土なんです。土から産まれたものを食べて生きている。でも、その土のなかに枯葉剤がある。土のなかに今までの歴史や経験が記憶されるんです。国は違えど、心のなかに土があれば全然知らない人のことを思って泣くことができるんです」

●1968年は何をしていましたか?
国が違っても、知らない人のことを思って泣くことができる。国だけではない。時代が違っても、私たちは想像することができると登紀子さんは語る。
「去年からツイッターをはじめてね、『1968年、何をしていましたか?』ってツイッターでみんなに聞いたら、『困ったなー、まだ産まれてないよ』って(笑)。じゃあ、あなたはマイナス12歳ね。産まれる前のことだって、心の土が記憶している。私たちは想像することができる。心の土を耕してください」
と、突然、登紀子さんが立ち上がり、「ちなみに私の特技はマイナス15センチ!」と叫んで、いきなり屈伸!
腰がぐんにゃり曲げて、床にペタンと手をつく登紀子さん。「おおお!」とびっくりする若者たち。「登紀子さんスゲー!」と声が上がる。
体も心もやわらかく。マイナス12歳とマイナス15センチには何か深い関係が…あるのかもしれない。
●タイタニックに乗っても乗らなくても
私たちはどこに向かうのか。時々、登紀子さんは真夜中に考え込んでしまうことがあるという。
「テクノロジーの進化はすごいよね。遠くの星の砂をキャッチして送ることもできるし、夜中に見知らぬ人といろいろ話すことだってできる。でもテクノロジーを進化させるのは戦争だったりするんです。いつも人類は危ういタイタニックに乗っているんだ、そんな気がします。それでも、乗っていようと、乗っていまいと『今、生きてる』限り、あきらめるわけにはいかない。もう行くしかない、もう進むしかない。何歳になっても私たちは自分を育てることができる。インターネットでね、情報は行き渡る。ツイッターでね、ちょっと私が間違ったことを言うと、すぐ誰かが訂正してくれるんです。一方でこれは大事な情報と思うときちんと伝えようとする力もある」
情報を受け取るだけではない。吟味する力、伝える力。これらは生きていく上で必要なことだと登紀子さん。
「今までって人々の意識が都会に向かっていたよね。田舎の人たちは身も心も壊されているんです。田舎は恥ずかしい。だから自分の息子には農業を継がせたくない、と」
でも、今は違う。食べること、人を育てること、畑を耕すこと。農業に関心を持った若い人がどんどん都会から田舎に向かっている。
「だけど…都会からまったく違った価値観を持つ若者が来ると…田舎のおじさんたちから『おまえら帰れー!』って言われることもあるかもしれない。でもね、それですごすご帰ってはいけません」
「じゃあ、どうしたらいいの?」。会場からそんな声があがる。
「そんなとき? そうね、人と人ってね、25センチ以内に入るか入らないかで、心の距離も変わるのね。わたし、なかなか男の人とキスができなかったけれど、人は話すときに向かい合うんじゃなくて並んで座るといいのよ。チュッ!ってするのも楽だし。ははは。田舎のおっさんも同じよ。向き合うとお互い緊張するから横に座って話しなさい!」
人と人の距離は25センチ以内。心の距離は近く、近く。40周年を迎えるアースディも誰かひとりが大声を出して広まったのではない。ささやきあうように広がっていったのかもしれない。
登紀子さんの新曲「君が生まれたあの日」が会場に流れる。歌いながら、ひとりひとりと握手する登紀子さん。もちろん距離は25センチ以内、なのだ。

photo by Hiroaki Yamane
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