docu_tokiko
  • 潮風と真夏の太陽とジーナレストラン 
    音霊 in 逗子



    逗子駅を降りると、ほのかな潮の香りに、あかぬけた街並み。ここから、今夜、登紀子さんのコンサートが行われる逗子海岸まで歩いて15分くらい。会場となる「OTODAMA SEA STUDIO(音霊)」のあるはアーティストとしても活躍している2人組、キマグレンが経営する海の家兼ライブハウスなのだ。
     夕方だというのに、まだまだ海の家はにぎわっていて、ビーチには水着の若い人がいっぱい。波打ち際をてくてく歩いていると、蔵のような音霊スタジオが見えてきた。
     中に入ると、まさに海のスタジオ! アロハの夫婦やビキニの女の子、みんなウチワをパタパタ、登紀子さんの登場を待っている。高い窓からは海風がそよそよ。下は白砂なので靴はぬいでしまおう。

      ●言い寄られて困ることだって…  

     
     今日のコンサートのテーマは宮崎駿監督の映画「紅の豚」に登場する「ジーナ」。登紀子さんがジーナの声を演じたのは、20年も前のことだと思うのだけど、今だファンの多い魅惑的な女性なのだ。さあ、どんな衣装で出てくるのかしら? と楽しみにしていたら、白い大きな帽子と白いドレスで登場。まさに映画に出てきたジーナそのもの。  「百万本のバラ」に続いて、映画のなかで歌われた「さくらんぼの実る頃」「時には昔の話を」に会場もジーナの酒場にタイムスリップ。音霊スタジオの角にはバーもあり、高い天井に近い客席…なんだか当時の酒場のざわめきも聞こえてきそう。

    「恋。すれ違いの恋、これが最後の恋、まだ見ぬ恋…恋にはいろいろありますね。今日は1940年、ここはアドレア海…」
     
    おっ、恋について登紀子さん、つぶやいている…と、思ったら…

    「えー、私は言い寄られて困ることもあるので、どうやって断るか、それをいつも考えているの。なーんてね!!」

      な〜んだ、登紀子さんの妄想か。客席、どっと大笑い。

    「でも、私にもそんな時があったのよ。でね、言い寄られたときは、こうやって相手のほうに手を近づけて…おっと、舞台から今、落っこちそうになったわ! それで、『あなたとはこの距離がいいの』。そうい言うの。つまり手のひらと手のひらが触れないギリギリの距離。『触ると恋が消えてしまうわよ』ってね」

    ふふふふふふ。登紀子さんの含み笑いにつられて、会場も、ふふふふふ。

    ●やんちゃが好きなのよ



      なんだか秘密めいたコンサートになってきた。

    「今日はジーナレストランですので、映画の裏話をしましょうか。ジーナと顔さえ取り替えれば、もうすっかり私はジーナになれる。そんなしっくりくる役でした。『もう終わったのよ』というセリフ、宮崎監督は、『何度聞いてもいいですね!』って褒めてくれましたが、反対にダメだったのは、『バカ!』ってどなるシーン。最初はジーナっぽく、かわいい顔をしてやさしく『バカ』と言ったら、宮崎さんが『もっと怒ってください! あなたが生きてきたなかで、どうしようもない男というものに腹を立ててきたでしょう。その思いのたけをぶつけてください!』って。でもね、私は男の人たちのやんちゃが好きで本気で怒れないのよ」

     なんと「バカッ!」は36回取り直し。後に宮崎監督、「加藤登紀子にはいつも怒られているような気がする」と言っていたそう。

    「人はかわいいものだね。人はステキなことをしてきたよね。人間というのは、ひどいこともいっぱいしてきたよ。それでも愛おしい。でも、時々、自然は脅威になります。ジョン・レノンのに続いて、震災の後、3月12日に作った私の歌を聞いてください」

    ジョン・レノンの「IMAGINE」と、登紀子さんの「今、どこにいますか」。優しい旋律が、天井の高いスタジオに響く。

    ●もしやジーナ居酒屋?

     音霊の高い窓から涼しい風が入ってきた。空には夕焼け雲が広がっている。いよいよライブも終盤。

      登紀子さん、舞台から消えたと思うと、グレーのベールをかぶって戻ってきた。「オルフェの唄」、そしてピアフが歌った「雑踏」。この曲はフランス語の歌詞がついてから有名になったけれど、もとはケルト民族の民謡なのだという。登紀子さんはこの曲をできるだけ原型に近い形で自分なりにアレンジしたそうだ。

    「ピアフはマルセルとの大恋愛の末、『愛の讃歌』を作りました。発表するとき、マルセルに聞いてほしくて彼を呼ぶのですが、飛行機事故で死んでしまうんです。彼の死後2番の歌詞が加えられて発表されたと言われています。そしてもうひとつ。『私は後悔しない』この歌は晩年病に倒れていたピアフに贈られた歌。この歌と出逢って、ステージに再び立つことを決心したそうです」

    黒い柱の間から熱唱する登紀子さんが見える。足元は砂、間奏に聞こえるのは波の音。ピアフの世界がこの逗子海岸で…なんだか不思議な夜になってきた。

    「ジーナレストラン!! いい感じになったねー、もう一曲!」

    ♪ あ〜太陽に、手を伸ばして〜

    しっとりした雰囲気から一変。アップテンポの曲にお客さんも頭の上で手拍子!

    「Seeds in the fields」「君が生まれたあの日」、そして「知床旅情」。 おやおや、だんだん和風なジーナになってきたぞ。そこへキマグレンのKUREIさんが日本酒片手に舞台に登場。



    「きゃ〜!」と喜ぶ登紀子さん。いい男に酒をつがれるという嬉しいハプニングにすっかりテンションもうなぎのぼり。

    「あなた、知床旅情の時から出てくればよかったのに!」

    人のよいKUREIさん、みなさんにお酒をすすめるのだけど、ゴクゴクと飲み干した告井さん、「これ、本物だ!」とニンマリ。

    お酒も入って歌う「パーマ屋ゆんた」。ジーナレストラン、というよりも、「ジーナ居酒屋」で締めくくられた今日のライブ。

    「またこの場所で会いたいね!」

    映画をぴょんと飛び出して、新しいジーナが見られた夜だった。




    撮影:ヒダキトモコ

白石あづさ

「THE EIKEN TIMES」に加藤登紀子インタビュー掲載中!!


白石あづさ

10月28日生まれ。東京在住。
生誕1万日目に思い立って勤め先を辞め、

約3年の世界放浪の旅へと旅立つ。
その間、訪ねた国、地域は約100にのぼる。
帰国後、フリーライターに。
ライフスタイル誌や人物インタビューなどを中心に活動。
2008年5月30日に小学館より「世界のへんなおじさん」を出版。

<blog>http://www.hennaojisan.com/