加藤登紀子プロフィール

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加藤登紀子 -Tokiko Kato- 1943年ハルビン生まれ。

1965年、東京大学在学中に第2回日本アマチュアシャンソンコンクールに優勝し歌手デビュー。

1966年「赤い風船」でレコード大賞新人賞、1969年「ひとり寝の子守唄」、1971年「知床旅情」ではミリオンセラーとなりレコード大賞歌唱賞受賞。

以後、80枚以上のアルバムと多くのヒット曲を世に送り出す。

国内コンサートのみならず、1988年、90年N.Y.カーネギーホール公演をはじめ、世界各地でコンサートを行い1992年、芸術文化活動における功績に対してフランス政府からシュバリエ勲章を授けられた。

近年は、FUJI ROCK FESTIVALに毎年出演し、世代やジャンルの垣根を超え観客を魅了し続けている。

また年末恒例の日本酒を飲みながら歌う「ほろ酔いコンサート」は昨年45周年となり人気のイベントとして定着している。

2015年はデビュー50周年を記念しヒット曲「百万本のバラ」の生まれた国ラトビアのオーケストラ・リエパーヤ交響楽団を招聘し日本ツアー及びラトビア公演を開催した。

2016年はエディット・ピアフ生誕100年に捧げるコンサート「ピアフ物語」を国内ツアー及びフランス・パリ公演を開催した。

今年2018は「日本におけるロシア年」に合わせ加藤登紀子コンサートツアー 〜花はどこへ行った〜を開催する。

6月にはロシア・サハリン、ウラジオストクにてスペシャルコンサートを開催する。

歌手活動以外では女優として映画『居酒屋兆治』(1983年)に高倉健の女房役として出演した。

宮崎駿監督のスタジオジブリ・アニメ映画『紅の豚』(1992年)では声優としてマダム・ジーナ役を演じた。

地球環境問題にも取り組み、1997年WWFジャパン顧問及びWWFパンダ大使就任。

2000~2011年には環境省・UNEP国連環境計画親善大使に就任。アジア各地を訪れ、自らの目で見た自然環境の現状を広く伝え、音楽を通じた交流を重ねた。

私生活では1972年、学生運動で実刑判決を受け獄中にいた藤本敏夫と結婚し長女を出産。現在 子3人、孫7人。

次女Yaeは歌手。

夫・藤本敏夫(2002年死去)が手掛けた千葉県「鴨川自然王国」を子供達と共に運営し農的くらしを推進している。

【本】

・自叙伝『青い月のバラード』

・夫、藤本敏夫との獄中往復書簡『絆』

・「愛の讃歌 エディット・ピアフの生きた時代」

【CD・DVD最近のリリース】

・CD

5枚組CDライブアルバム「超録 加藤登紀子ほろ酔いコンサート 20世紀編」

・DVD

50周年記念「百万本のバラコンサートwith ラトビア・リエパーヤ交響楽団」

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