「ひばりとピアフ」最終公演、終わりました!


11日Bunkamuraオーチャードホールでのコンサート「ひばりとピアフ」、
無事、成功のうちに終わらせることが出来ました。ありがとう!

去年エディット・ピアフの生涯を語り歌った「ピアフ物語」、初めて「ひとり芝居-モノオペラ」の形で行い、今年はそれに美空ひばりさんの人生を加えたのです。

サブタイトルの「人生の始まりと終わり」の通り、二人の出発点と、晩年の奮闘に焦点を当てた選曲。

1部の「ひばりを歌う」は、「星の流れに」から幕を開けました。
11歳の美空ひばりさんが、菊池章子の代わりに歌って拍手喝采を受けたことがあったのです。
「まだ子供なのに」と批判を受けたものの、見事に娼婦の歌を歌ったひばりさんに、拍手を贈りたくて!

2部のピアフも、まだエディット・ピアフになる前の19歳、ジェルニーズのオーナーにスカウトされて「モーム・ピアフ(小さなスズメ)」と名前をもらい 、一躍スターになった最初のレコーディングが、やっぱり娼婦の歌「異国の人」でした。これはダミアが歌った曲。

ピアフの19歳はまさに 天国と地獄。スカウトされるたった3ヶ月前、2歳の娘マルセルを死なせてしまう、という悲しい出来事があり、あまりにも貧しくてお葬式代もなかったどん底時代。その夜のことを私が作詞作曲した「名前も知らないあの人へ」で歌いました。

さて、コンサートの焦点は晩年の二人。
ひばりさんが、母貴美枝さんを失い、弟二人をなくしてからの大奮闘こそが、美空ひばりを永遠の歌姫にしたと思います。
「愛燦燦」「みだれ髮」、そして1988年のドームコンサートに贈られた「終リなき旅」、最後のレコーディングのラスト曲「川の流れのように」。

歌っていて、この曲たちの持つパワーに気持ちよく包まれました。
まさに不朽の名曲。
ひばりさんへの 皆さんの思いが強いだけに、真剣勝負でしたが、それ以上に私自身が歌から力をもらいました。
「ひばりを歌う 」決心して、本当に良かった、と思いました。

2部のピアフも、晩年の珍しい歌に焦点を当てました。
1962年、亡くなる前年のオランピア劇場で、ピアフ自身が作詞、まだ20代だったフランシス・レイが作曲して、拍手喝采を受けた「響け太鼓」。
「ヒロシマ」「パールハーバー」「ナポレオン」と、戦争の悲劇を歌い、自分自身の母や父を思う、すごいメッセージソングです。
もう一つはシャルル・デュモンとジャック・ブレルがピアフのために作り、ピアフが歌えないままに亡くなった、曰くの歌「あなた次第」。

どんな歌にもそこに込められた特別の思いと、運命があります。
永遠不滅の名曲にだって、「その時」と「そこ」にまつわる本当のドラマがある。今回の狙いは、そのリアリティを自分自身に感じながら歌うことでした。
編曲で頑張ってくれたピアニストの鬼武みゆき、初めての共演だったベースの鳥越啓介、バイオリンの渡辺剛、パーカッションのはたけやま裕ら、ミュージシャンの演奏も素晴らしく、納得のコンサートが出来て本当に嬉しいです。

二人の歌は、2枚組のライブレコーディング盤で発売しています。コンサートに来られなかった方もぜひ、聞いてください。

今週末は長野県須坂市文化会館メセナホールで、あの北山修さんと白井貴子さんとの共演で、コンサートです。ガラッと違った気分で、ギターを持っていきます。
楽しみにね!

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