中国訪問

「地球的レベルでの環境問題を左右するだろう国」


 オリンピックを4年後にと燃える北京、万国博覧会を2010年に準備している上海、とにかく驚くべきスピードで中国は近代化を急いでいる。上海には20階以上のビルが3,000以上あるといい、外資の導入を含め、まさにバブル。
日本にもそんな時期があったことを思い出す。

 今回の中国へのUNEP訪問で最初に訪ねたのは北京の水源地である内蒙古に近い大同市。巨大な炭坑と雲崗石窟で有名な街だ。
北京の水を確保するためと、砂漠化による風砂の発生をくいとめるため「退耕還林」のスローガンのもとおびただしいポプラの植林が行われている。実行しようとすれば実行に移してしまえる国家としての強さに驚く。しかし、大同は1年の降雨量が非常に少なく、地下水の水位が年々に恐ろしい程低下しており、植林の効果を危ぶむ声もある。
北京でお逢いした、NGO「自然の友」の梁氏は、シンポジュームのときこんな発言をした。
 「内蒙古で何百万本もの植林に成功した鳥取の遠山博士の林が最近、枯れたと悲しい報告がありました。地下水の水位が低下したことが原因だということですが、植林によって森を復活させることはとても難しい。原木を守ることと、そして消費をおさえる努力が必要だ。」
大同の山間地帯に杏の木の植林をすすめ成功をおさめている高見氏はこう言った。
 「道路際のポプラは、道路に降った雨を吸収して育つ可能性が高い。けれど平らな畑地に植えられたポプラは水分の奪い合いになり枯れる可能性が高い。」

 呉城村では、ヒエやアワ、トウモロコシを栽培していた山間地の耕畑に、杏の植林をし、その杏の実ではなく種をナッツとして販売する事業が成功し、農民たちは希望に燃えていた。
畑では杏の収穫の真っ最中、一軒の農家を訪ね、郷土料理をたっぷりごちそうになった。特に「ヒエのおかゆ」や「アワのおもち」のおいしさは忘れられない。今は日本でも中国でも健康食ブームで一目置かれて来ている大事な食材だ。
この杏の栽培は退耕還林(耕作した畑をもう一度林に戻す)の政策にも符号するものであり、他の地域の山間地の農民も注目し始めているそうだ。植林をはじめたころは若木の木の皮をうさぎに食われ、全滅した年もあったという。10年を経て今やっと根付いた事業なのだろう。厳しい気候風土の中、根強い努力に頭が下がる。

 大同から呉城村に行く途中、北京の水源の官庁ダムの源流、桑干河を渡る。その橋の長さは2Km。つまりそれだけ以前は川幅があったということだが今は中程にいく筋かの細い流れがあるだけ。
それでも雨期の後で水がある方だという。
2008年ごろには北京の地下水も涸れると警告している人もあり巨大都市へと変貌した北京のライフラインには不安を感じる。
黄河の源流も今年はじめて歴史的な断流を経験している。
一方、上海は、水不足への心配はない。
揚子江の水があり、降雨量もたっぷりあるからだ。
しかし、電力不足は深刻だ。三峡ダムの建設が強行されたのもその解決を急いだ結果だろう。超高層ビルの建築ラッシュをみながら消費電力の需要の激増に供給が追いつくのだろうか、と思う。
高層ビルに水や電気のライフラインを確保することは至難の技だ。

 上海では新しいハイテク化されたゴミ焼却所と下水処理場を見た。
設備は完璧だが3つある焼却所で上海全体の10分の1のゴミしか処理出来ていないという。外資導入あるいは借款による近代設備の建設は進んでいるが増え続けるゴミに処理能力は追いつけないようだ。
超高層ビルの建ち並ぶ一方で、昔ながらの街もまだまだ元気。
天秤棒で果物を売る農民の姿や、自転車や人がひっぱるリヤカーが闊歩している。ゴミの分別は貧しい人たちがカゴを背負い拾い集めることでやられているそうだ。13億の民のうち、10億は農民といわれる中国、近代化された生活を手にしている人は、ほんのわずか、圧倒的多数の人々は、体中を汗にしてたくましく必死で生きている。

 中国の州の中でも少数民族も含め貧しい人々の多いとされる貴州の貴陽市を訪ねた。環境モデル都市構想を打ち出し、UNEPもそのプランを応援している。
数年前、粉塵と硫酸ガスなどの排出量が多く操業を停止したセメント工場に円借款で環境型のプラントが建設された現場を見にいく。
日本のODAは、中国に関しては、環境支援と人材育成の応援だけに限って援助しているという。
 もうひとつの現場は、数年前まで水銀をたれながしていた化学工場。古い工場は‘98年に操業停止となり、今、80数億円で新しい工場を建設中だ。
蘇州で、公害を出している染物の街が最近全面閉鎖に追いこめられたことや内蒙古で葦の紙を製造していた工場が、これも公害の問題で強制閉鎖させられたという具体例が耳にとびこんで来る。
こうした伝統産業への環境支援はもっと少ない予算でも出来るだろうが、そうした旧来型の産業や農業などへの配慮が、今の中国全体の中で低下していることが非常に心配だ。
 苗族や侗族など少数民族が1割以上というこの貴州だが、貴陽の街の近代化は進み、金陽地区という百万人の新興都市が建設されている。背中にカゴを背負いゴミを拾う人々、農村から野菜をかついで来る人々の盛んに行きかう街の風景を見ていると巨大な資金が近代化だけにつかわれていることがどうしても気にかかる。
 
 最後の日、上海の黄浦江沿いの外灘(バンド)の対岸、広大な農地を再開発した近代都市地区の中にある豪華キャンパスの中高学校を訪ねた。
川をきれいにする活動や木を植える活動を行っている。
高校1年生の男女が、夏休み中にもかかわらず来てくれて、自分たちの活動を発表してくれた。
 子供が自然に触れることは大切だがどうしても緑や魚といった目に見えるイベントにかたよることは要注意だと感じ、梁先生の言っていた植林への危惧を話し、化学物質や農薬などの汚染、それにゴミや汚水処理といった目に見えない環境問題が今、危機的状況にあることを伝えた。女子生徒は農薬の母乳への影響など、私の話にショックを受けて、そのことは全く知らなかったと話した。
 

トン族の建物↑ ミャオ族の建物。美女のベンチ↑
高見氏。↑ 長江(揚子江)↑
杏の収穫。呉城村。↑ 閉鎖された化学工場↑
蘇洲河(上海)↑
北京の水がめ。水量の減った桑干河。 上海超高層マンション群

地球の温暖化の問題でも中国のこれからの方向が地球的レベルでの環境問題を左右するだろうとの問題意識から今回の中国訪問になったわけだが、結果としては、かなり深刻な危機を感じざるを得ない。
きめの細かなNGOや人材の援助を含め、中国ではこれからも日本からの環境援助が不可欠だとの印象が深かった。
中国で最も早くから活動を始めたNGO「自然の友」では幾人かの若者を含め、熱心な環境活動が行われていたが、中国全体としての環境意識はまだ高まっておらず、近代化のスピードの背後に隠れているように見える。
中国の近代化がまだ建設途上であるだけにはやい環境対策が必要であることを痛感した。むやみに近代化を急がず、環境に配慮した環境インフラを今から同時に建設するべきだと提案したい。
農業を衰退させないこと、そして10億の農民たちが希望の持てる国であることを心から願ってこの旅を終えた。