追悼 フランシス・レイさん!


また巨星の訃報です。フランシス・レイさんが亡くなりました。
本当にショックです。一昨年の2月にパリでお会いした時、とってもお元気で、作曲活動も続けていらっしゃると聞いていたので…。
先月のアズナブールさんの突然の死に続く衝撃です。

フランシス・レイさんは、66年の映画「男と女」や、グルノーブルの冬季オリンピックの映画「白い恋人たち」(68)のテーマでよく知られていますが、エディット・ピアフの最晩年の音楽的なパートナーでもあり、ピアフの最後のオランピア劇場コンサートのアンコールで歌った「響け太鼓」はピアフの作詞で、フランシスの作曲です。2016年の私のコンサート「ピアフ物語」では、この歌を本邦初で歌いました。

私は1989年から90年にかけてフランスでレコーディングした「シパンゴ」というアルバムの中に、3曲書き下ろしの曲をフランシス・レイさんからいただきました。
アルバムタイトル曲の「シパンゴ」と「ショソン・ドゥ・スワ(絹の靴)」、そして壮大な曲想の「オペラ」。
一曲ずつ全く違うアプローチで、3曲とも、とってもユニークなシャンソンでした。

アルバムのプロデュースと作詞をしたピエール・グロスさんがフランシス・レイさんと親しくて、この時も一緒にレイさんを訪ねたのでした。
89年頃にはまだまだ颯爽としていた黒い髪が真っ白な白髪に変わっていたけれど、とってもお元気そうでした。

3曲ともあまりにも素晴らしい曲なので、日本で私だけが歌っていたのではもったいないと思い、どなたかフランス人の歌手にカバーしてもらったらどうでしょうか、と提案したのです。特に「オペラ」は秀逸で、このまま埋もれさせてはいけない、と思って…。

フランシスさんは「Tokikoの歌で作曲の意図は遂げられているので、その必要はない」とまで言ってくださったのでした。
この年、2016年の11月、サル・ガボーでのコンサートでは、もちろんこの「オペラ」をプログラムに入れました。
その時の大きな感動を忘れることができません。

2016,2,2 フランシス・レイのスタジオにて

一番前の席で聞いてくださっていたシャルル・デュモンさんが、立ち上がって拍手して下さったことを思い出します。
シャルル・デュモンさんはエディット・ピアフの大ヒット曲「私は後悔しない」の作曲をした人。彼も老齢とは思えないパワーフルな方でした。

歌の命は誰かが歌っていくことで生き続けるもの。今年の「ほろ酔いコンサート」では、久しぶりに「ラ・ボエーム」を歌ってアズナブールを追悼するつもりですが、合わせて「オペラ」を歌ってフランシス・レイを追悼できたらいいな、と思っているところです。

さて、そんな「ほろ酔いコンサート」準備のこの時期ですが、昨日11月8日、次女のYaeのコンサート「未来への詩」が渋谷の伝承ホールで開かれました。加藤登紀子プロデュースのコンサートだったので、とってもドキドキしながら、スタッフとして立ち会いました。

お陰様で、ミュージシャンの演奏も、照明や音響の舞台演出も素晴らしく、Yaeもとっても気持ちの入った歌を歌ってくれた、と思います。
コンサートに来て下さった皆さま、スタッフの皆さま、本当にありがとうございました。次のコンサートを楽しみにしたいですね。

先週土曜日の中野市での麻衣さんとのジョイント・コンサート、日曜日の富山の市民音学祭のコンサートも本当に楽しかったです。
たくさんの人との素晴らしい出会いが続きます。
来週の金曜日16日の福岡から「ほろ酔いコンサート」が始まりますが、その前にも、明日、埼玉県の神川でコンサートがあります。

年末まで、大切に歌っていきたいです。皆さんも楽しみにしていて下さい。

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