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ドキュメントTokiko

2023
01.
30
ほろ酔いコンサート50周年の旅 ~2022.12.27. ヒューリックホール東京~ ①
◆リハーサルから開場へ

トキコさんがほろ酔いコンサートを1971年に始めてから、50回目のほろ酔いコンサートイヤーが今年である。正確な年数としては51年が経つが、途中1年間は結婚出産でお休みし、その翌年からまた再開して毎年今日まで続いているのも考えてみれば凄いことだ。

本番前のリハーサルは、いつも大切に行うトキコさん。ギターを抱えたトキコさんが向き合う真っ暗な客席にはお姉様で事務所会長の加藤幸子さんの姿も見える。じっくりと音を整えていくところ、大体の感覚をつかんで次にいくところ。丁寧に確認しながら、本番ではそれをバーンと打ち砕く自由なパワーが、きっと今夜も爆発するのだろう。
刻一刻と開演時間が近づき、我々スタッフの気持ちも静かに高まっていく。

コロナ渦前の会場では、大きな大関の樽が並び、振る舞い酒を紙コップで手渡され、ほろ酔いで会場に入るお客様もいたが、コロナ渦になってからは安全面を鑑みてお土産のカップ大関となった。今回はシートのカップホルダに、トキコさんの写真つきの特別なワンカップ大関(オンリーワンカップ)が置かれている。ロビーには、歴代のほろ酔いコンサートポスターが並び、色とりどりのお花やCD、鴨川自然王国からの自然食品、日本ボランティアセンターやペシャワール会等の募金のブースも並ぶ。感染対策をしっかりとしつつも、少しずつ、普段のほろ酔いコンサートの雰囲気が戻りつつあることが嬉しい。
アナウンスが流れ、一ベルと呼ばれる5分前のベルが鳴り、客席の電気が暗くなり、メンバーが先に静かに入ってくると客席からは星屑が煌めくような拍手が高まっていく。

カメラを3台さげて、静かにトキコさんの姿を待つこの静けさが、私はいつも好きである。

◆第一部は旅の歌から!

明るいイントロが流れ、客席の手拍子の中を颯爽と登場したトキコさんの笑顔には、一瞬で人のこころを惹きつける明るい引力がある。

♪大脱走
♪色即是空

~余計なものはみんな捨てて 今日はどこかへ 身軽な旅~(作詞作曲:加藤登紀子)

旅路を歌っているのか、人生が旅路なのか。そんな旅先の風や匂いを感じるようなアップテンポの2曲ですっかり、心は軽く、あっという間にトキコさん色に会場が染まっていく。人生は旅、そんな使い古された言葉がなぜか、新鮮な心地よさを伴って心に明るく灯っていくような感じがする。

「来ましたよ、ついに、今日という日が!(ほろ酔いコンサート2022)最終日を迎えました!」
客席は既に、節目の年のほろ酔いコンサートにいつも以上の熱量を感じ取って熱くなっているような気がした。

ほろ酔いコンサート(当時は「おときと酒の会」という名称)第一回は、1971年。
その年はトキコさんの歌う『知床旅情』がヒットして、トキコさん曰く「ちょっとだけ私も一人前の歌手になれたかなという年」。
そんな一気に階段を駆け上がっていくようなタイミングで、トキコさんの周りにいた新聞記者の方々の言葉が、荒っぽい愛情にあふれていて素敵だ。
「そういう、ちゃんとした所じゃなくてさ、おとき、あなたの歌う場所はあそこでしょう!」といって彼らが企画してくれたのが「おときと酒の会」。場所は当時の日劇ミュージックホール。日劇こそが当時日本のPOPミュージックを花開かせた場所であり、ミュージックホールはその6階にあった日劇小劇場。のちに演劇ホールとして数々のスターを生む劇場でもある。
「ものすごいコンサートだったので、もう二度とないかと思いました。そのあと続けるつもりはなかったのですが、あまりに楽しかったもので、翌年結婚した後、73年からスタートし、そして今に至ります!」

本日最初の乾杯!
「みんなちょっと緊張気味じゃない?お酒もってる?
このお酒はお土産っていうことになります。よほど我慢できない人はおとなしくそーっと開けて、箱もちゃんと持ち帰って、絶対にこぼしちゃだめです!という約束のもと、今日も、行きましょう!!!乾杯!」

一気にワンカップを飲み干すと「おー」というどよめきと共に温かな拍手が湧きあがった。

♪わが人生に悔いなし

♪時代遅れの酒場

♪愛のくらし

時代を少しずつさかのぼりながら、トキコさんによる、作品エピソードが続いていく。
『わが人生に悔いなし」は、87年に石原裕次郎さんが亡くなる前の最後のレコーディングをしてくれた楽曲。52歳でこの世を去った裕次郎さんにあえて「悔いなし」という歌詞を送ったなかにし礼さんの凄さについて語った後、
「その後、どれだけの人がこの歌に助けられたでしょう。私の夫も大好きでした」

『時代遅れの酒場』は映画「居酒屋兆治」の中の作品。これは2022年に亡くなった元野球選手の村田兆治さんに由来した映画タイトルだという。
「高倉健さん演じる主人公が元々野球少年で、エースになりたかったけれど挫折して、サラリーマンになって更に挫折して焼鳥屋に。そのお店を開くときに憧れだった兆治という名前をつけました。そんな縁があるのですよ」
『愛のくらし』は結婚前最後の70年にレコーディングした楽曲。トキコさんが初めて「愛」という言葉を使って作った作品でもある。でも2番で別れの歌にしてしまったため、結婚式のお祝いで歌えないといって笑った。
「別れ、ということはすごく大事です。今の私にとって、生きてきた歳月が何一つ欠けずに全て、深く大事だったということを歌いながら感じています」

そんなことを言いながら歌うのは映画「紅の豚」で歌った、『時には昔のはなしを』。
~あの日のすべてが空しいものだと それは誰にも言えない~(作詞作曲:加藤登紀子)
この一節に深く共感した宮崎駿監督が、5年後に出来た映画「紅の豚」に、是非使いたいと言った作品とのこと。

♪時には昔のはなしを

「この50年祭、プログラムを考えていたけど、どうしようもないのですね、歌いたい曲ばかりで。昔だったらリクエストありますかって大声で聞いたこともあったけど!」

事前や当日のリクエストを募った結果、ランクインした楽曲の一部は以下の通り。

●百万本のバラ
●知床旅情
●愛の暮らし
●難破船
●時には昔のはなしを
・・・ほか多数

ここで一人、客席を大爆笑させるゲストが登場する。

元マヒナスターズのメンバー、歌謡曲の歌手でもあり、今は芸人もされている、タブレット純さんである。

「全部は覚えていない初期の歌も含めて、私より私の歌を知っている人がいる!」
そんな紹介で登場したタブレット純さんは、ホワホワと力の抜けた話し方で笑いを誘うが、ひとたびマイクを握って歌いだすと太く切ない歌声が飛び出して客席からはあまりのギャップに「えー!」とどよめきが上がった。しかもずっと聴いていたいほどの美声である。
♪君だけを愛す

「リクエストを一杯頂いている中から一緒に歌える曲ありますか?」
というトキコさんの問いに答えぬまま、ちょっといいですかと言ってギターを爪弾き、再び太い美声で歌いだすタブレット純さん。

~愛し 愛し 愛しあっても
何故か 何故か ひとりぼっちなの~(作詞:なかにし礼、作曲:中島安敏)

トキコさん「客席のみなさん。この歌を知っている人いる?!・・・ふたりだけ!笑
これは私のデビュー曲です。さすがに私も知っています!笑」

この展開に客席もどよめきと笑いを隠せない。

「デビューして、正にこれから知ってもらわなきゃいけないのに、なかにし礼さんがつけた『誰も誰も知らない』っていうタイトルでデビューした加藤登紀子です。みなさんも私のファン、と言ってくれるなら、この曲知らなきゃだめよ!!笑 じゃあ、何を歌いましょうか

タブレット純さん「じゃあ『黒の舟歌』をご一緒に、僕で恐縮ですが、歌って頂けますか?」
予定では『灰色の瞳』を歌うはずだったのに、さらなる予想外な展開を見せてホワホワとした笑顔を浮かべるタブレット純さんに向かってトキコさんは

「打合せと違うじゃない!」
と笑って小声で言いながら
「『黒の舟歌』ね、わかった。告井さん、大丈夫?」
告井さんのギターは百戦錬磨、大きくうなづいたのでそのまま『黒の舟歌』となった。

♪黒の舟歌
♪灰色の瞳


続いてタブレット純さんが芸人として立つ浅草の東洋館でやっているモノマネを披露してくれた。
「イラストとモノマネでトキコさんほろ酔いコンサート50周年をお祝いします」
そう言って、天国にいる森繁久彌さんも含めた方々の声色とイラストで、トキコさんへの楽しい祝辞が次々と飛び出し、客席もトキコさんも笑いのうずに包まれた。
♪この空をとべたら

最後に二人で、耳のご馳走のような美声のハーモニーで聞かせる中島みゆきさんの楽曲をデュエットして、タブレット純さんはトキコさんに軽いハグをして出て行った。

トキコさんとのコンビネーションが(打合せと)合っていないのに、なぜか不思議と息が合っているような、ためらいがちにズバっと笑いを取る柔らかい話し方と、正統派歌謡曲の太い美声とのギャップで客席の心をさらったタブレット純さんが退場すると、その拍手の余韻の中から、じっくりと聴かせるトキコさんの弾き語りが続いた。
♪さくらんぼの実る頃

「映画『紅の豚』は第一次大戦と第二次世界大戦の間の、戦争で世界がぐちゃぐちゃになった時代のお話。宮崎駿監督は劇中でアルメニア人やギリシャ人、クロアチアやセルビアの人々の顔を全部描き分けて、人々がごったになっていることは賑々しく華やかで人間としての素晴らしさがあるという意味を込めて描いたのだと思います。どうして人は戦ってしまうのでしょうか」
♪果てなき大地の上に
♪知床旅情

朗々と歌われる『知床旅情』には、いつも不思議な力がある。
たとえば私は知床に行ったことがないのに、なぜか懐かしい。
知床はひとつの故郷の象徴なのだろうか。
ひとりひとりの懐かしいふるさとの大地と風のにおい。
その歌の世界のあたたかな広さ、深さに抱かれて心が次第にほぐれていく気持になるのは、きっと私だけではないだろう。

ほろ酔いコンサート50周年の旅 ~2022.12.27. ヒューリックホール東京~ ① へ続く

(写真と文:ヒダキトモコ)


ヒダキトモコ

写真家。日本写真家協会(JPS)、日本舞台写真家協会(JSPS) 会員

東京都出身、米国ボストンで幼少期を過ごす。専門はポートレートとステージフォト。音楽を中心とした各種雑誌、各種ステージ、CDジャケット、アーティスト写真等に加え、企業の撮影も多数担当。趣味は語学とトレッキング。

​Instagram : tomokohidaki_2 / Twitter ID : hidachan_foto