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ドキュメントTokiko

2018
09.
05
トキコさんのフジロック(カフェ・ド・パリ)2018年

苗場は、いまにも雨が降りだしそうな気配。でも、楽屋エリアを軽やかに歩き回るトキコさんの表情は明るく、その手にはモヒート。この日はTVの取材を受けながらステージの準備をしていた。そこに颯爽と、すらりと背の高い、フジロック総監督の日高さんが笑顔で現れた。トキコさんは短い歓声を上げ、二人は大きなハグをした。

いつも不思議に思う事だが、トキコさんが笑顔で男性に寄り添うようにして立つと、その男性が(元々素敵な方々だけど)より一層、素敵に見えるのは何故だろう。以前観た、鴨川の結婚式で夫の藤本敏夫さんと笑顔で寄り添う素敵な夫婦の写真を思い出す。カッコいい女が隣に寄り添うと、男は一段とカッコよくなれるのかもしれない。

切れ間なく、明るい太鼓のリズムと音楽の鳴り響くエリアの横に、そこだけ異空間のような半室内の、美しくて大きなテント・ステージ、カフェ・ド・パリがある。フジロックでは通常どのアーティストも1枠(1時間のコンサート)だが、トキコさんは去年に続き今年も異例の2枠(2時間枠)のステージを担当する。恒例のオーチャードホールやほろ酔いコンサートとはまた違う客層のフジロック。今年はどんな歌の世界に、フジロッカー達を連れていくのだろう。静かな興奮の中、開演を待つトキコさんをステージ脇で見守った。

開演直前に袖で待つトキコさん。セットリストを確認する表情は柔らかだ。
そして司会の男性のアナウンスが入った。
“Ladies and gentlemen, mesdames et messieurs. Let’s welcome Tokiko Kato!”

スタジオジブリの人気映画「紅の豚」でトキコさんが(劇中の歌姫ジーナとして)歌った「さくらんぼの実る頃」のイントロが暖かく空間を満たしていく。笑顔のトキコさんが颯爽とステージに現れると、客席からは歓声があがった。
ショータイム、旅のようなひとときが始まる。

♪さくらんぼの実る頃
♪時には昔の話を
♪美しき五月のパリ
♪悲しき天使

そこまで一気に歌って、拍手の渦がまだ引かないうちに、トキコさんが話し始めた。

「・・・もう、暑いのなんのって!今年150歳になります加藤登紀子です」
会場はいきなりの発言に大爆笑。カフェ・ド・パリは確かに、熱気がむん、と満ちていた。

「なんで150歳かっていうとね?!『さくらんぼの実る頃』という作品が出来てから150年。あれは元々フランス1871年のパリ・コミューンの時の歌だから、それから私はずっと世界を見てきたのよ!」

そうか、ジーナになっているのか?トキコさんはステージで時に、ピアフになったり、マレーネ・ディートリッヒになったり、ジーナになったりする。そして聞いている我々は、知らないうちにその時代、その世界に一緒に生きているような錯覚に陥る。ジーナは話し続ける。

「散々なことがあったのよ。20世紀が来て、私は飛行機乗り達に憧れたわ。ポルコ・ロッソは飛行機に乗って大活躍をしたの。それが第一次世界大戦でした。なんだか、ね!いっぱい友達が死んで、むなしくなった彼は顔を豚に変えました。あれは、彼の自画像ね」

飛行機乗りのポルコ・ロッソは映画「紅の豚」の主人公。若き日のポートレートをペンでぐちゃぐちゃに書き消して、いまは豚の顔で生きているポルコの顔の意味が私は最初わからなかった。それが、過去の悲しみを内包し、今の自分自身をそう見ているからかもしれない、と気づいたのは、映画を見てしばらくしてからだった。

話に引き込まれたオーディエンスがシーンと静まりかける中、外では雰囲気違いの明るい太鼓のリズムが鳴り響いている。
「・・なんか外がうるさいね!こういう雑音の中で、自分を紛らわせることなく、貫かなきゃだめなんですよね・・・うん!」

そうして、自分に言い聞かせながら話を続けるトキコさんに客席の人々はにっこり、ほのぼのとした雰囲気に包まれた。

♪1968
♪あの空を飛べたら

「(拍手の中)ありがとう・・・ちょっとモヒート飲もうか!恒例の!」

トキコさん専用のモヒートは、いつも氷少な目、アルコール多め、草(ミント)なし!
カフェ・ド・パリのバーテンダーが用意してくれたグラスを、司会の男性がトキコさんにそっと手渡す。
「みんな、ピート・シガーは知ってる?いまから歌うのは、1968年に大ヒットした・・・
氷多いよ!」

会場は一気に大笑い。
呑みながら歌うから、ミントがあると喉に張り付く。氷が多いと、呑みづらい。ほろ酔いコンサートが日本酒なら、フジロックのカフェ・ド・パリには、このトキコさん専用モヒートが、なくてはならないのだ。

「・・・大ヒットした、『花はどこへいった』という歌があります。
この曲はピート・シガーが元々ロシアの文豪の詩をもらって作った、反戦歌です。
今日は襟を正して、これを一杯飲んで、色んな人にささげたいと思います」

そうして静かに一口、モヒートに口を付け、歌いだした。

♪花はどこへいった
♪アムステルダム

この日は一部二部と別れていないのだが、一応後半は(色っぽい)構成とのこと。

「みなさんは恋をしてますか。フ、フ、フ。どういうのが恋だと思う?」
客席に目をやると、それぞれ思い思いの表情で隣のつれと笑い合ったりしている。

「たいていね、素晴らしいラブソングって相手がいないときなの」
そうなのか・・・!そういえば、誰かの昔の歌で、会えないほうが、愛が育つというような歌が、あったような気がする。

旦那さんをとても大切にしていて、愛していたけれど、いっしょに暮していた頃より他界してからの16年の方が、旦那さんと仲が良い気がする、というトキコさん。

「焼き物に例えると、一番燃え上がっているとき、窯の中の焼き物達は、ぐちゃぐちゃになっていて形がない。本当に焼き物が形になるのは冷めてからなの」

前列のほうにいた若者ではない夫婦が「あなたたちは、もう冷めて形になってそうだから大丈夫ね!」と微笑みかけられて、二人とも吹き出している。

「さて、これからエディット・ピアフを歌います。ピアフは恋を何十年もしましたが、結婚は2回しかしてないのよ。彼女にとって結婚と恋愛は違うものだったのね」

この渦潮のような世の中で、ふと出会って燃える瞬間がある。その瞬間が大好きだったピアフは、ずっと続ける愛よりも、人生に訪れる最高の一瞬がどんなに素敵かということを、一生をかけて証明してくれたように思う、とトキコさんは言う。

「用心深く生きなくていいの。目の前のあることに対して目いっぱいの心で生きることが、素晴らしいことなの!」

カメラを下ろす。なんだか、モヒートも飲んでないのに、いい気分になってきた。
ひろく、大きく肯定されて、心の奥に、火がともる。

「1曲目は、ピアフが19歳の時路上で歌っていた歌です。
だからみんなは、路上で転がって見ている男の人の気持ちで聴いていてください」

こんなことを投げかける歌手は、トキコさんくらいしか、いないかもしれない。
路上で転がって見ている男の気持ち・・・。
客席がいつの間にか、すっかりパリの路上で転がっている人たちの群れに見えてきた。
私もそんな気持ちで、聴いてみる。そしてステージ上のピアフを、撮ってみる。

♪異国の人
♪暗い日曜日
♪3001年へのプレリュード
♪愛の讃歌
♪私は後悔しない

最後は『百万本のバラ』。
やはり名曲で、歌い終えると拍手の渦、会場全体の熱気が更に上がっていく気がした。

♪百万本のバラ

鳴りやまぬ拍手の中、笑顔のトキコさんが珍しく聞いた。

「何か聞きたいもの、ある?」

リクエストだ!これは、ほろ酔いコンサートも含めて、極めてまれで、貴重なチャンス。
いいなぁ、フジロックのお客さん。
口々に曲名が上がる。トキコさんとの、やりとりが面白い。

客席1「あなたに」!
トキコさん「モンパチの?(MONGOL800 / あなたに)」
と聞いてそのまま、答えを待たずに暖かなアカペラで歌いだす。
~人にやさしくされた時 自分の小ささを知りました~
(作詞:上江洌清作、作曲:MONGOL800)
これは以前、「沖縄情歌」というアルバムでトキコさんがカバーした楽曲の一つだ。

客席2「あの素晴らしい愛をもう一度!」
トキコさん「・・・あなた、人違いしてない?笑」

客席3「時には昔の話を!」
トキコさん「それはさっき歌ったよ!」
客席「途中から来て聞けなかったの!歌って~!」
トキコさん「え、聞けなかったの?ウーン・・・よし、もう一回やってみる?みんなも歌ってもいいよ」
トキコさんに、ワガママを言ってみるお客さん。それを特別に、聞いてあげるトキコさん。どちらも楽しそうな笑顔である。

♪時には昔の話を
♪知床旅情

(時には~)の歌い終わりにつづけて、朗々と歌いだす『知床旅情』。客席をめぐりながら、客席のみんなの顔を覗き込みながら歌うトキコさん。至近距離での名曲に、客席は熱気につつまれ、それぞれがうっとりとトキコさんを見つめていた。

歌い終わり、ステージに上がる時、マネージャーが素早く手を貸そうとする。
「大丈夫!自分の力で上がるから!」その手を笑顔で振り払って元気に登っていくトキコさんに、会場は拍手と口笛で、大盛り上がり。きっとこの明るさとパワーが、有形無形の励みになって、みんなに元気を与えている。

「最後は新曲、ダンスダンスダンス!よかったら踊ってね!」