ドキュメントTokiko
02.

トキコさんは、『残雪』という歌はまだご自身で歌っていないという。和田アキ子さんに作った『今あなたに歌いたい』も、だいぶん経ってから歌うようになったそうで、『残雪』も、またいつかずっと時間が経ってから歌いたいそうです。そういうのも、素敵だと思いながらシャッターを押した。
村上さんが「トキコさん、今日はたくさん花を頂いていますが、ステージの上にオノヨーコさんからの花を飾らせて頂いています!」
というと、トキコさんは

「そんなこと言われるとイマジンを、歌いたくなる!(笑)」
と言い、村上さんはびっくりしながらも「急に、イマジン大丈夫ですか?」
と言いながら、バンドメンバーはOK!サイン。
トキコさんは、少し照れくさそうに言う。
「前半、鏡開きのときに皆さんのメッセージが簡潔に進んだもので、後半に時間が珍しく余っているので・・・(笑)ヨーコさんから折角頂いたお花もあるし、色々あるんですけれども、1981年にロングアイランドの家でヨーコさんに会いました。そんなこともあって、この2022年にウクライナへのロシアによる侵攻が始まった時に、ウクライナ支援のCDを作る際、イマジンを使わせてほしいと直接ヨーコさんのほうに連絡して、許諾を頂いて、私の日本語を添えてレコーディングしました。そのイマジンを聴いてください」
といって、歌いだした。

♪イマジン
歌い終わりに、湯川さんが一言話し出した。

「たまたま昨日はジョン・レノンとショーンちゃんの誕生日だったの。それで、ヨーコさんの代理人に丁度会ったので最近のヨーコさんのことを伺ったら、トキコさんも会いに行ったあのロングアイランドの家で、お元気だそうです!」
そんな湯川さんならではのホットな話題も飛び込んで、会場はリアルタイムでこの歌の世界とヨーコさんファミリーのことに触れることができ、司会の村上さんをはじめ感嘆のため息が聞こえた。
その後、トキコさんは会場に来ていたウクライナ人の歌手・バンドゥーラ奏者のナターシャ・グジーを紹介。チェルノブイリ原発を6歳で体験し、その後のNHKの取材時にトキコさんと出会ったナターシャは2,000年に来日、それ以降24年間日本で暮らしている。

ナターシャさん「トキコさん、60周年おめでとうございます。ずっと加藤登紀子さんに支えて頂いて、日本のお母さんとして温かく見守って頂いたり、歌手としてアドバイスを頂いたり、歌って言うのは言葉を歌うだけでなくて、歌う心を伝えるっていうことを、加藤登紀子さんから教えて頂きました。これからも末永く歌い続けてください」
トキコさん、更には森繁久彌さんの御子息の姿も見つけてステージ上にあがっていただき、少し森繁さんの話にも。

昔、森繁久彌さんがある日、トキコさんの歌を聴いて「あなたは赤ん坊だったから覚えていないだろうが、あなたの声にはツンドラの冷たさがある」と言ってくれたことがトキコさんには忘れられないという。
「つい最近羅臼にいきました。1960年に森繁久彌さんがこの歌を作って、その10年後に私が歌いました。もともと『地の果てに生きるもの』という、羅臼の海難事故をベースにした映画を作ったそうです」とトキコさん。
その撮影の置き土産で作って歌った『さらば羅臼』がその後、『知床旅情』となったという。
「どんなに大変な状況があっても、出会いと、熱烈な愛と、別れと、それらを一つの歌で伝えてきた、森繁久彌さんの名曲だと思います。聞いてください。知床旅情」

♪知床旅情
「最後になってしまうのですが、巡り合った歌それぞれが・・・歌っていくほどに凄い歌で、なんと幸せな歌手だったかと思います。私が作った歌も素晴らしい歌手たちが大きな歌に育ててくださって、私が歌手として出会った歌はそれぞれが強い意志を秘めた、荒波を超えていく力を秘めた歌だと思います。60周年というのは、たしかに、凄い年月だわね(笑)でもデビューするときはそんなことはサラサラ思っていなかったのですが、歌と一緒に生きてきたのだなって思います」とトキコさん。
本当は歌手を続けるのはもう無理かもしれないと思ったことも何度かあり、でも結局は歌を歌うことによって次の道が開けてきたという。
『さかさの学校』的に言えば91歳は19歳。だから、さしあたって91歳までは歌っていたいなと思います!」
青春を感じながらあと10年くらいは頑張ってみようか、と言葉を続けるトキコさんの笑顔は本当に幸せそうだ。
「では今日のラスト、百万本のバラ!」

笑顔で手拍子、口ずさみながら、トキコさんを囲んでいく。

♪百万本のバラ
色んな方々に囲まれて、会場中からの熱い拍手に包まれて、楽曲の最後は全員の手拍子つきでの大クライマックスとなった。
「ありがとうございました!!
来年は60周年。今日は大きな力、励ましを頂きました。
客席の皆さんの、私の歌を聴いてくださるお心が伝わってきました。
本当にありがとうございました!!」

司会の村上さんが最後に一言。
「加藤さんありがとうございました。このままいくと70周年記念パーティがあるかもしれませんね!!」
大切な仲間たちに囲まれて笑顔で歌っているトキコさん。
私は45周年、50周年、そして60周年を迎える姿に、立ち会わせて頂きました。
これからもずっとお元気で、お酒はほどほどに、時代に向き合いながらまた新しい心の歌を沢山作って、歌って、笑って、みんなを幸せにしてください。
歌手生活60周年、心よりおめでとうございます。

ヒダキトモコ
写真家。日本写真家協会(JPS)、日本舞台写真家協会(JSPS) 会員
東京都出身、米国ボストンで幼少期を過ごす。専門はポートレートとステージフォト。音楽を中心とした各種雑誌、各種ステージ、CDジャケット、アーティスト写真等に加え、企業の撮影も多数担当。趣味は語学とトレッキング。
Instagram : tomokohidaki_2 / Twitter ID : hidachan_foto