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ドキュメントTokiko

2026
07.
17
ドキュメントTOKIKO - Restart 『ジーナの⽣きた100年とこれからわたしたちが⽣きる100年』<第二部>②
第⼆部は『時には昔の話を』で幕が上る

どんなに悲しい時に聴いても、⼈⽣の真ん中に引き戻してくれるような歌。
私よりも年齢がずっと下のお客様たちも『紅の豚』で馴染みがあるこの曲に喜び、会場がまた盛り上がる。
⼆曲⽬の『悲しき天使』の重厚感も素晴らしかった。⼆部の素敵な⿊いドレスも相まって、激動の時代に翻弄されそうになるその⾜取りさえもこの⽅はステップに変えて82 年⽣きて来たのではないかと思える光景だった。
待ってましたと⾔わんばかりの拍⼿が湧いた、三曲⽬の『さくらんぼの実る頃』。

「ジーナが歌ったさくらんぼの実る頃。紅の豚は1929 年か30 年くらいのイタリアが舞台。さらにその50 年前のパリコミューン、市⺠⾰命があった時に歌われたのがこの歌なの。それから半世紀も経ったイタリアでどうしてジーナはこの歌を歌ったのか、宮崎さんには聞いていないけれど。よっぽどこの歌が好きだったのね」と登紀⼦さん。

「その後どうしたかしら?ジーナとポルコは仲良くやったのかしら?ってよく皆さんから聞かれるの。でもね、私はこう思うの……」と語った登紀⼦さんの思うジーナとポルコのその後のお話は、会場だけの秘密にしておこう。

『紅の豚』のラストシーンで「ジーナさんの賭けがどうなったかは、私たちだけの秘密」とフィオが⾔
っているので仕⽅ない。

「あの後、ジーナはどんな歌を歌い続けたのかしら。そんなことを思ってこの後、数曲歌います」とし
て『暗い⽇曜⽇』の演奏が始まる。
ダミアの『暗い⽇曜⽇』は登紀⼦さんが中学⽣の頃から好きな歌とのこと。どうしてこんなに酷い時代なのに、こんなに素晴らしい⾳楽を⽣む⼒があるのかしらと思ったらしい。

次に歌われた『リリーマルレーン』も元は第⼆次世界⼤戦中に⼤流⾏したドイツの歌らしい。あまりにも穏やかな曲調から、兵⼠たちもこの歌を歌っていたということが想像出来ない。⽇本でいう軍歌は戦意を⾼めるためにあったのかもしれないが『リリーマルレーン』は兵⼠の側に⽴ち戦うことの哀しみを代弁したものだったのかもしれない。
そして始まる『今⽇は帰れない』の⻤武さんのピアノがあまりにも美しくて、今⾃分がいつの時代のどこにいるのかすら分からなくなる。登紀⼦さんの歌声も「今だけを歌っている」感じがしない。様々な時代の様々な国の、様々な⼈たちの⼈⽣を引き受けているような凄まじいパワーだ。

本番が始まる前に「⼒をもらうんです。想えば想うほどに。悲しい光景を⾒た⼈は、それをエネルギーに変えていかなければいけないんです」と話してくださった、その光景をステージでまた⽬の当たりにした感覚であった。
こいわいはな
1994年、宮城県生まれ。『水曜どうでしょう』のイベントや書籍撮影を皮切りに、映画、ドラマ、演劇、ライブ、CMなど様々な現場で活動中。
【スチール担当演劇】 EPOCH MAN『我ら宇宙の塵』など。
【スチール担当映画・ドラマ】荻上直子監替『波紋』、岸善幸監『正欲』『サンセット・サンライズ』NHKドラマ『水平線のうた』など

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