ドキュメントTokiko
09.

♪Never Give up Tomorrow
歓声と拍手が鳴りやまないそのうちに、トキコさんのカウントが響く。
「One, two…! Power to the people!!」
♪Power to the people
♪帆を上げて
「どんなことがあっても、ひとりでちゃんと生きていきましょう。ありがとう」
そうトキコさんが笑顔を向けると、会場は大きな拍手と口笛、歓声に包まれた。
おときさーん!、と叫んでいる若い男性もいる。

♪雑踏
トークもそこそこに、そのまま『雑踏』のアップテンポなイントロが始まると会場は更に熱を帯びた。
トキコさんといえば、代表曲『百万本のバラ』『知床旅情』を思い浮かべる人も一般的には多いと思うが、この『雑踏』のような、痺れるほど素敵な楽曲がもっともっと、たくさんある。ロックのような作品も(『踊れ時を忘れて』等)、しっとりと深いロマンティックなものも(『愛のくらし』等)、また乾いた大地で風に吹かれているような気持になる壮大な作品も(例『蒼空』『日差しの中で』)たくさん、ある。
トキコさんのライブに来れば、その世界観の幅広さに驚き、引き込まれ、目が輝くこと間違いない、と私はひそかに思っている。そういう意味で、フジロックでふらりとこのステージを訪れた人がいたなら、その人はラッキー!そう勝手に想像し、嬉しくなる。トキコさんのこんな歌もあんな歌も、かっこいいだろう!と内心、トキコさんの生歌を初めて聴く人たちに自慢したくなるのである。
「(フジロック総監督の)日高さんから、カフェ・ド・パリで二時間やりなさいと言われました(参考:通常は一時間枠)。私は、二時間でも三時間でもやるわよ!と言ったけど、聴いているみんなはずっと立ちっぱなしで、大変かな、と思うんだけど!(笑)
・・・さて、そしていま第二部に入りました」
会場は、ウィットとスピード感のあるトキコさんのトークに少し振り回され気味に、みんな大爆笑、口笛と歓声があちらこちらから上がっている。
この『雑踏』は元々エディット・ピアフが歌った歌で、このメンバーでレコーディングをした作品だ。続いてはトキコさんがエディット・ピアフのために書いた曲。ピアフの人生において、トキコさんから見てどうしても歌にしてほしいと思う一場面があるのだという。
「ピアフは17歳の時に初めて娘を生んだんです。でも彼女は路上生活をしている歌手だったから、育てるのが大変でね。その後、この少女は2歳の時に亡くなってしまうのね」
その時19歳だったピアフは、一大決心をする。それまでは、どんなに貧しくても絶対に娼婦はしないという信念だった彼女が、娘のお葬式を出すために初めて路上で客引きをする。そのときの心の中を歌にした歌、『名前も知らないあの人へ』。まるで、一遍の映画を見ているような、情景の浮かんでくるような作品となっている。
「ちなみに、エディット・ピアフが世界的な歌姫になったのは、この娘を亡くした悲しい出来事から、わずか半年後のことでした」
♪名前も知らないあの人へ
しん、と物語に引き込まれるように聞き入る客席。クジラさんのバイオリンも、寂しさを含んだ音色。

♪ペールラシェーズ
♪愛の讃歌
拍手と口笛が鳴り響く中、トキコさんのちょっと照れたような声が響いた。
「じゃあ次は、ちょっとしっとりしちゃうけど・・・百万本のバラ!」
♪百万本のバラ
カフェ・ド・パリのテント全体がぱっと華やいだように感じた。客席からは、この名曲を聴ける喜びの熱気のようなものも感じる。・・・と、素敵にイントロが始まったころ、まだ早いタイミングで歌い始めてしまったトキコさん!(あ、)と照れ笑いするトキコさんの姿に、会場からは楽しそうな笑いが沸き起こった。こんな人間らしいハプニングも生ならでは!の楽しみである。
歌い終わると余韻を待たずにトキコさんは大きく叫ぶ。
「次、『富士山だ』、行きます!フジロックだからね!!」

♪富士山だ
「もう、どんどん、行こうか!沖縄に行こう!(笑)」
告井さんの三線とトキコさんの叩く鳴子のリズムに、クジラさんのトランペットが加わる。赤い光の中で踊り歌うトキコさんに、目が釘付けになる。
何度も繰り返される間奏部分など、どこかトランス風でもあり、太いバンドメンバーの掛け声に高いトキコさんの歌声がはまると、その独特の世界にみんなが酔いしれているように見えた。静かには聞けない、体が自然と動くような、強いエネルギーいっぱいの作品だ。

♪アッチャメー
「えー、歌手を初めて55年目を迎えます。みんなが生まれる前から歌ってるのね(笑)
今日みんなとは、長い旅を、一緒にしてもらった気がします。ありがとう。
最後にRevolution をやろうか!」

♪Revolution
「みんな。大好きだよ。みんなの顔が、ほんとに素晴らしいね。どんなことになっても、自分が自分を愛することが出来て、自分をほめることが出来て、堂々としていること。どんなときも、負けはない。一般的に負けだと言われても、それは負けではない。負けかどうかは自分で決めるだけ!それが大事だよ」
そんなトキコさんのメッセージに客席からは口笛と歓声が入り混じった。
「じゃあ、最後にみんなにラブソングを。『あなたに捧げる歌』!!」

♪あなたに捧げる歌
トキコさんたちとハイタッチをしたくて前のめりになる客席のみんなに囲まれながら、トキコさんは笑顔で一言。
「・・・素敵なみんなでいてください。どうもありがとう!」
身体にまとわり付くカメラ2台を手で押さえつつ、ステージを笑顔で去っていくトキコさんとメンバーを追いかけて、ステージ脇より楽屋エリアに出ると、そこは「ザアザア」という音と共に、びっくりするほどの豪雨。熱気むんむんの客席から楽屋に入る前の一角で立ち止まり、灰色の空を見上げれば、まるで今のステージが夢の中の出来事のように感じる。今年の夏も、素敵な夢を見させていただきました。トキコさん、ありがとうございました。

ヒダキトモコ
写真家。日本写真家協会(JPS)、日本舞台写真家協会(JSPS) 会員
東京都出身、米国ボストンで幼少期を過ごす。専門はポートレートとステージフォト。音楽を中心とした各種雑誌、各種ステージ、CDジャケット、アーティスト写真等に加え、企業の撮影も多数担当。趣味は語学とトレッキング。
Instagram : tomokohidaki / Twitter ID : hidachan_foto