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ドキュメントTokiko

2020
09.
04
2020年8月10日 夏のコットンクラブ ~花物語~ ー①ー
コロナ渦になってから音楽業界初の1000人規模のホールコンサートだった6月28日のオーチャードから約1か月半。丸の内コットンクラブの楽屋に、トキコさんの笑顔があった。

この日も客席はソーシャルディスタンスを保ち、通常よりも少ない座席数。
入口には消毒のアルコールが置かれるなど、引き続きの警戒態勢の中、開場となった。

楽屋エリアから、ステージに向かう前、バンドメンバーと一緒に記念写真を一枚。
これからステージに向かうトキコさんと、ギターの告井延隆さん、ベース早川哲也さん、そしてキーボードの細井豊さん。長年トキコさんを支えているメンバーでパチリ。
廊下をステージへと歩くトキコさんの背中。ステージに向かう時、いつも背筋がすっと伸びていて格好いい。大きな歩幅で、若干前傾気味の姿勢で、ゆっくり静かに歩いていく。
バンドメンバーと共に、会場入り口でほんの数分、しばし待機。
開演直前のこの数分は、程よい緊張感とワクワク感が胸を高鳴らせる、素敵な時間だ。
この日は会場に出ていく直前に、トキコさんが一瞬、振り返ってくれた。
「じゃ。行ってきます!」
真っ赤な衣装に身を包んだトキコさんが客席に入場すると、会場全体には待っていたとばかりの暖かい拍手があふれた。コロナ渦の今だからこそ、トキコさんの歌にぬくもりや励ましを求める人がたくさん、今夜は集まっているに違いなかった。
♪花
♪さくらんぼの実る頃


思わずみんなが口ずさみたくなるような、温かい2曲を一気に歌い上げ、トキコさんが会場を笑顔で見渡す。

「すごくいい眺めね(笑)。今日は、今まで何回かコットンで歌ってきた中でも、皆さんが最も集中して聞いてくれている感じがしますね・・・ちょっと授業のような雰囲気もするのですが(笑)でもまっすぐ歌に向き合う気持ちがお互いに高まっている気がして、厳粛な気持ちでスタートしました。短い時間ですがたっぷり楽しんでください!」

今日のコンサートのテーマは「花物語」。
トキコさんが歌う楽曲には、花にまつわる歌がとても多い。その中からまずは、『花(喜納昌吉作詞・作曲)』、そして『さくらんぼの実る頃(A.A.Renard作曲、J.B.Clement作詞、加藤登紀子訳詞)』の2曲でスタートした。
「『さくらんぼの実る頃』は、元々、パリ・コミューンで歌われた歌です。私は、映画『紅の豚』の中でジーナとして歌ったんですが、あの時、既にこの歌は50年も歌われていた歌でした。私は今年、歌手として55年目なんですけど、時が経てば経つほど、歌は大切になっていくと、しみじみ言える年になった気がします」

歌の生まれた時代背景に思いを寄せ、そして時が経つほどにその歌は人々の心の中で、深まっていくのかもしれない。

そして次に歌うのは『花はどこへいった』
1968年、世界中がベトナム反戦に燃えた年に、アメリカを始め世界中で大ヒットした一曲。ピート・シガーの歌として知られているが、もともとはロシアのショーロホフという作家が書いた『静かなドン』という小説(ドン川のほとりに居たコサックたちを描いた小説)がベースになっているという。

「この歌を訳して2017年、ショーロホフに会いに行かなきゃと思ってドン川のほとりに行ったんですよ。なぜピート・シガーがショーロホフなんだろうと思って」

ところで、ロシアにいくと街中のいたるところに、ショスタコービッチなど、あらゆる文化人の銅像がたくさんあるという。

「(銅像の)チェーホフは特にいい男だった!もう、抱きつきたかったくらい!(笑)」

そんな話をするトキコさんに、テーブルのキャンドルライトに照らされた客席のオーディエンスも楽しそうにクスクスと笑っている。
ピート・シガーは一時、アメリカで活動を禁止されていた時期があったという。そのころに彼は世界旅行をしている。ピート・シガーは「アメリカには独自の文化がない。そしてアメリカは世界中に故郷を持つ人々が集まった国。ここにある文化のルーツは世界にある。私はアメリカ人の一人として、世界中を歩いてこのルーツを訪ねたい」と言って旅に出たという。

ショーロホフの作品の中に、永く農奴だった農民たちがコサックとして独立した民となってからも、様々な戦争の一番先端の厳しいところには彼らが行かされたことが書かれている。男たちが戦場に駆り出されたことを悲しむ歌として、子供たちをあやす老婆が歌う「あそこで鳴いていた鳥はどこへ行ってしまったのかしら。あそこに咲いていた花はどこへいってしまったのかしら」という歌があること。その部分をピート・シガーがノートにメモしていて、世界中を旅している最中、飛行機の中でメロディを付けて歌ったといわれているのがこの歌だという。

「その歌が、知らないうちにどんどん広がって、世界中の人に歌われたんですね。そしてマレーネ・ディートリッヒも歌った歌です。聴いてください」
♪花はどこへ行った

「60年代のアメリカで、『ヘアー』というミュージカルがあった。そのころアメリカは徴兵制だったが、ヒッピー達が出てきて、自分に来た赤紙を燃やしてエスケープをする者もいた。そのヒッピーの若者の一人の両親が「立派なアメリカ人になるためにお前も立派に命を差し出せ。我々もずっとそうしてきた」って息子を説得するのね。本当は戦争に行ってほしくないはずなんですけれども。それで息子はベトナム戦争に行き、戦死して英雄として戻ってくるシーンでこのミュージカルは終わります」

トキコさんはそれを見た時しみじみ、戦争を抽象的に語るのとは違い、当事者となった時に人々はどうしてきたのだろうと思ったそうだ。

「私は2008年に、『1968(イチキューロクハチ)』という歌を作りました。歴史の真ん中にいる人たちは、なかなか全体を語ることは出来ないし、自分の見たものだけが歴史ではないから何とも言えませんが、本当の意味で歴史を語れるようになるには、少し時間が必要な気がします」

1968年当時、身近な存在として米兵がいて、ダンスホールで一緒に踊ったりしていたというトキコさん。

「なぜこうなって、これを目指したかっていう、深い歴史全体の色んな事は、なかなか伝わらないものだなと思います。でも例えば『さくらんぼの実る頃』のパリ・コミューンで、みんなは敗北したわけですけど、敗北してもそこで起こったことは消えない。永遠の歴史であると思います」
そういうと、『1968』が始まった。告井さん、早川さん、細井さんのコーラスが、魂が響き合うようにトキコさんの声に重なって溶けていく。そしてステージと客席が互いの熱を伝えあって熱くなっていく。LIVEの醍醐味はこの、会場全体の体温のような空気感にあると感じながらシャッターをきる。
♪1968
♪島唄


「いや~・・・気持ちいいですね!」
島唄を歌い終わったトキコさんは、晴れ晴れとした笑顔を客席に向けていた。

「島唄。93年にこの歌を宮沢さんがTVで歌うのを聴いて、もうぞっこん!」

それからカバーしたいと宮沢さんに伝えて、レコーディングではThe Boomのメンバー全員が来て、トキコさんの歌に「ヤーッソ!」という掛け声をかけてくれたという。

山梨出身だった宮沢和史さんが沖縄の戦跡や色々なものに触れるうち、沖縄にしばらく滞在してこの歌にたどり着いた話なども織り交ぜながら、歌の背景を話すトキコさんを見ながら、歌にはそれぞれ、それが生まれる背景があること。人の思いがあること。そして出来上がった歌が時間や場所を超越して、人々の心から心に、深まって広がっていくことをしみじみと感じた。歌が伝えるものは、歌そのもの以上の何か大事なものがあるような気がする。

「このコロナ渦で何もできなくて情けない気持ちがする、という話を、病院の現場の人たちとしていたら、医師の鎌田實さんが「おときさんには歌があるじゃないか。なんで歌わないの」ということを何気なくおっしゃったんです。本当にそうだと思いました。そして現場の皆さんに寄り添いたいという想いをこめて、この歌が出来ました。『この手に抱きしめたい』。宮沢さんやゴスペラーズの皆さんをはじめ、みんなでこの歌をシェアしようということになって、沢山の皆さんに参加して頂きました(※)。宮沢さんはイントロのところでハーモニカを拭いて下さっています。今日は私のソロで、聴いてください」

(※Youtube『この手に抱きしめたい』加藤登紀子 with Friends)
https://www.youtube.com/watch?v=iWRy8oSgJWQ
♪この手に抱きしめたい

「私は、東京オリンピックの年に最初のシャンソン・コンクールに出て不合格。そして一念発起して、翌65年にコンクールで優勝し、デビューしました。次の歌は、歌の命の深さに捧げようと思って作った一曲です。『未来への詩(うた)』今年の4-5月、ラジオ深夜便で流れていた曲です。
レコーディングではイントロで私の娘のYaeが歌っていて、途中のコーラスから劇団ひまわりの子供たちが参加してくれています。今日は、少し年を取った少年たち(バンドメンバー)と共に歌います!」というと会場はどっと楽しそうな笑いに包まれた。

ヒダキトモコ

写真家。日本写真家協会(JPS)、日本舞台写真家協会(JSPS) 会員

東京都出身、米国ボストンで幼少期を過ごす。専門はポートレートとステージフォト。音楽を中心とした各種雑誌、各種ステージ、CDジャケット、アーティスト写真等に加え、企業の撮影も多数担当。趣味は語学とトレッキング。

​Instagram : tomokohidaki / Twitter ID : hidachan_foto