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ドキュメントTokiko

2021
04.
23
コロナ渦で2年目のオーチャード「時には昔の話を」~2021.7.18.ー②ー
◆後半
楽屋の廊下でカメラをさげて待つ私の前に現れた、後半のトキコさんは黒の衣装!
動くと弾むように揺れる可愛らしいスタイルに、思わず「可愛いです!」と声をあげると、ニッコリとサムアップ!爽やかに笑って颯爽とステージへと向かっていく。
♪暗い日曜日
♪今日は帰れない
♪カチューシャの歌


「秘蔵のレパートリーから3曲お届けしました」という3曲は、どれも20世紀の歴史の中で発表された歌で、中でもポーランドのパルチザンの応援歌として作られた「今日は帰れない」は、最初に歌ったのがトキコさんが中学生の頃から好きだったダミアだという。

「子供の頃から低い声がコンプレックスだったのですが、うちにあるダミアのレコードを聴いて、こんな低い声の人がいる!と思って大好きになりました」

美しい、幸せだった時代のあとに、暗闇がきたりする。だからといって、これがむなしいものだったかというと、そうではない。それが輝かしいものだったということは、永遠に残る。
映画『紅の豚』の中に込められたメッセージのひとつ。

『紅の豚』では、たくさんの友達が戦死して大変な中、トキコさん演じる歌姫ジーナは「それでも、光に満ちていたあの時代のことを、いつも忘れないようにしましょうね」という意味で「さくらんぼの実る頃」を歌うのだという。

ここで一つトキコさん作の詩の朗読、1989年の大きな歴史の変わり目の中作ったアルバム、『エロティシ』の中から。
『ひとつの謎』

~ひとはどうして、こんなにたくさんのものを求め、傷つけてしまうのだろうか~
(作:加藤登紀子)

必死で追い求め、手にしたときには失ってしまう。
それでも人は追い続けていくことの、オマージュのような美しい情景を描いたこの作品は、トキコさんの深く美しい声で、聴く者の心に染みわたってくるようだ。

続く2曲は映画『紅の豚』の中で流れる、名曲『さくらんぼの実るころ』、そしてエディット・ピアフの埋葬された墓地ペールラシェーズをモチーフにトキコさんが作った『ペールラシェーズ』が続いた。

♪さくらんぼの実るころ
♪ペールラシェーズ


「ペールラシェーズ!」というトキコさんの一声で終わり、拍手が鳴りやまぬ中、温かい太陽が昇るようなメロディと共に、『愛の讃歌』へ。
♪愛の讃歌

「この世に素晴らしい歌が残されてきたというのは、どんなに大きな力を与えてくれるでしょうか。多難な人生だったからこそエディット・ピアフの中からあふれる愛がものすごくて、歌うたびに吹き飛ばされそうになります」

そんな想いを口にしたあと、反戦歌『花はどこへいった』の作者ピート・シガーの言葉を紹介してくれた。

「(歌は)まるで自分が掘り当てていない井戸の水を飲んで、のどの渇きを癒してくれる。私が灯した火ではない、その火の暖かさで体を温めることが出来る」

という言葉を残しているという。

「私たちが短い自分の一生を一生懸命、生きていますけれども、そこで果たせることは本当に少ない。それでもみんながそれぞれの人生で精いっぱい生きたことが積み重なって、それらが私たちの土台を作ってくれているのだと思います」

今年のオーチャードホール・コンサートのテーマ「時には昔の話を」の核心に近づいていく。

「歌詞の中にある、~あの日の全てをむなしいものだと それは誰にも言えない~ というフレーズがある。宮崎駿監督は、この一言がとても嬉しい一言でした、と言って下さった」

本当にもっと人間は素晴らしいはずなのに、なかなかそういかず、それでもみんな自分の小さな命を必死に生きている。そのどれもが、あれはむなしい人生だったねとはだれにも言わせない。そんな想いが『紅の豚』のテーマの根底に流れていて、また、いまの時代を生きるトキコさん含めた我々の心に、ぴったりと寄り添うものだと感じた時に、撮影中にもかかわらず胸が熱くなり、ファインダーが曇りそうになった。
♪時には昔の話を

いいお話を聞いて、素晴らしい歌声に酔いしれ、温かな拍手がやっとおさまるころ・・・何かモゾモゾとしているトキコさん。

「実はね・・・歌詞をちょっとミスったんですよ!(笑)」
会場からは「えーーーー!笑」という歓声が思わず上がり、私もマスクの下でにやりとした。
「・・・なんだっけ。いや、実を言うと、絶対に間違わないはずだったんですよ!
でも、そういえば今日、生配信してるんだ、って頭の中でちらっと浮かんだら・・・歌詞が消えたんですよ(笑)同じことを、確かこないだ平井堅さんも言ってました。歌詞を思い出そうとすると、消えるって。ふふふ(笑)」

会場は爆笑と拍手の渦で湧いている中、トキコさんはうーん、なんだっけ、という様子で袖に引っ込んでしまった!

するとトキコさん歴50年のギタリスト告井さんが「だれか教えてあげてください」と渋い声で言うと会場は一層楽し気な笑いに包まれた。

一瞬の間があってトキコさんが戻ると、会場は大きな拍手でむかえた。
「・・・~揺れていた 時代の 熱い風に吹かれて 身体中でときをかんじた そうだね~
(作詞作曲:加藤登紀子)」と思い出しながら歌った後、なんとちゃんと最初から、演奏と共にトキコさんは歌いなおしたのだ。今日のお客さまは、得したなぁ。

今度こそ、歌詞も完璧で、素晴らしい歌に改めて湧きおこる拍手の渦。

笑顔で一旦退場したトキコさんとメンバーを呼び戻すように、徐々にまとまっていく熱いアンコールの拍手に、みんなが戻ってくる。そして間もなく、名曲のイントロが響いた。
♪百万本のバラ

マイクを通さず、生声でトキコさんが叫ぶ。
「今日は本当に、ありがとうございました!!」

それに応えるかのように、声が出せない分、力のうねりの様な拍手が鳴りやまない。

「ずーっとここにいたい!年末には「ほろ酔いコンサート」で乾杯しましょうね!」

そして最後に、自身が「日本訳詞家協会」の会長に任命されたことにふれ、「色んな国の言葉があり、歌があり、だから素晴らしいじゃない!と思って歌ってきました。国境は何かを隔てるためでなく、素晴らしい出会いをするためにあると思う」

と語った。思いのたけをまだ語り足りないような、熱の冷めやらぬ表情のままトキコさんは叫ぶ。

「私たちは爽やかに颯爽と、毅然と輝かしく生き抜きましょうね!」

そして本当のオールラスト、最後の一曲は爽やかな決意を感じる『Revolution
♪Revolution
~生きてくことは 愛することだと ほんとはわかっているのに~
(作詞作曲:加藤登紀子)

去年のオーチャードでは、最後のお別れはハイタッチで別れたトキコさん。
今年はエアハグにしよう!と叫ぶと、拍手の中、ギューっと抱きしめるポーズでステージと会場がひとつになった。客席に目を凝らすと、みんなこぼれるような笑顔だ。

「今日は本当にありがとう、もう涙がでちゃうね。また会いましょう!」
美しい光景だと思った。
コンサートの撮影はいつも、その場が幸せな空間となって、ステージと客席がひとつになる大きな愛情のかたまりのようなものを感じて、撮っていても幸せになるのだが、この日は特別だった。

先の見えないコロナ渦。不安。もしかしたら別れ。
そんな時代の中でお互いを大きく抱きしめ合っているこの空間が、いまを生きている実感と共に熱く胸に刻まれた。私はこの光景を、この先ずっと、きっと忘れないだろう。
そしていつか、時には昔の話を、と思い出すときがきっと来る。

トキコさん、素晴らしいオーチャードを、ありがとうございました。

ヒダキトモコ

写真家。日本写真家協会(JPS)、日本舞台写真家協会(JSPS) 会員

東京都出身、米国ボストンで幼少期を過ごす。専門はポートレートとステージフォト。音楽を中心とした各種雑誌、各種ステージ、CDジャケット、アーティスト写真等に加え、企業の撮影も多数担当。趣味は語学とトレッキング。

​Instagram : tomokohidaki_2 / Twitter ID : hidachan_foto