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ドキュメントTokiko

2024
02.
05
ほろ酔いコンサート2023 ~80歳のお誕生日、二度目の二十歳~①
リハーサルでの一瞬。



【20歳のほろ酔いコンサート】
2023年師走。ほろ酔いコンサートツアーを締めくくる東京公演は、有楽町にあるヒューリックホール。ほろ酔いコンサートがスタートしたエリア(当時あった日劇ミュージックホール)での最終日、そしてトキコさんの80歳のお誕生日。特別なツアーファイナルである。
この日は囲み取材もあり、メディアの皆さんが開演前のロビーにたくさん詰めかけた。トキコさんは80歳になること、ほろ酔いコンサートについて、「けじめをつけない、区切りなどを設けたり決めたりしないで(行けるところまで)行く」という内容の話をされていて、素敵だと思った。トキコさんが手に持っているのは、今まで歌ってきた詩の中から100篇を選び、一冊の本にまとめて出版した本「加藤登紀子詩集 美しき20歳」。


【前半!ラブソングがいっぱい】


~裸足になって歩いてみればわかるさ~
~失うものは何もないのに何をこわがっているのさ~

♪裸足になって

先程の本によると、鼻歌を歌いながらできた歌だという。一人で身軽に旅をする、という空気感の歌がトキコさんの作品にいくつかあるが、どれも本当に心地が良くなる歌詞とメロディだ。

「この歌を歌うと客席から男性の顔だけが浮かび上がって見えますね。ああ、俺のことを歌っているなあっていう顔をしている!(笑)」

歌い終わって開口一番、そういってトキコさんは笑った。

「今日はほろ酔いコンサート、スペシャルデー!ということで今年のほろ酔いコンサートはラブソングからスタートします。灰色の、、、季節!」

♪灰色の季節
♪愛さずにはいられない
♪難破船


「じっくり歌わせて頂きました。「難破船」は、明菜さんが素晴らしく歌って下さいました」
「難破船」を作った時のトキコさんは40歳を過ぎていて、実際の恋愛からは遠ざかっていた時期だったが、中森明菜さんが歌ってくれたことでこの歌に新しい命が宿ったと思っていると語るトキコさん。歌は色々な形で(色々な人が歌う、ということも含めて)旅をしていくもので、愛の歌は作っていてやはり楽しい、と笑顔で言った。
♪愛のくらし
~この両手に花をかかえて あの日あなたの部屋をたずねた~
♪時には昔の話を
~あの日のすべてをむなしいものだと それは誰にも言えない~
♪酒がのみたい
「今日は皆さんも、振る舞い酒を飲んでくださいましたか?・・・乾杯!!」
盃を飲み干して、「ありがとう!」と叫んだトキコさんに、バンドメンバーが突然ハッピーバースデーの歌と演奏をプレゼント。

Happy Birthday to you
Happy Birthday to you
Happy Birthday dear Tokiko
Happy Birthday to you

歌い終わると同時に、会場前方2か所から、金色の紙テープが客席めがけて飛んできた。
客席からは驚きの声と、大きな歓声。
「ありがとう!私のコンサートでは見ない光景よね!」と笑うトキコさん。
「でもなんか、揃わなかったね、ハッピーバースデーが(笑)」

考え方を身軽にして、トキコさんは50歳を境に1年ずつ誕生日に年を減らしてカウントしているという。

「だから私の80歳は二十歳です!八が経つ、と書くならハタチとは、80歳のためにある言葉かもしれない。皆さん、ハタチです!」

♪美しき二十歳
~未熟な恋 くりかえすドジ とどかない言葉~

「どこまでも自由でありたいと思った20歳。
そのためには、まず親の決めたシナリオを破り捨てること。
恋人との時間をすべてに優先すること。
夜12時までに家に帰らないこと」
(『加藤登紀子詩集 美しき20歳』より)

「これをそのまま80歳の私の決意としたいと思います!」

トキコさんのお母様が80歳になったとき、心配から家族としてこう言ったそうだ。
「あなたはもう80歳なのだから、一人でぷらぷら出かけちゃ危ないよ」
のちに、お母様から「あれは良くなかった。あれで私は消極的になってしまった」と怒られたという。

「だから皆さんも、家族からのサジェスチョンを、破り捨ててくださいね!(笑)」

そんな今年20歳になるトキコさんは、誰と夜遊びをするのだろう?

「というわけで私の新しいボーイフレンドを紹介します。タブレット純さん!」

そう紹介されておずおずと、ステージにくしゃくしゃの笑顔で登場したのは昨年に引き続きタブレット純さん。アルフィーの高見沢さんを思わせる衣装と髪型で、少し猫背で、眼鏡をかけて恥ずかしそうにしている。


「トキコさんはお顔がうちの3歳の姪っ子に似ていますね。皆様、タブレット純です」
と柔らかな笑顔で面白いことをさらりと言う。

トキコさんが、日劇ミュージックホールでほろ酔いコンサートをスタートしたころは、のどかな時代だったという。
「あのころは、有楽町のおまわりさんに一升瓶を2本持っていくのよ。そしたら、何があっても許されるのよ!(笑)」

そんな話をしつつ昨年好評だったお二人のデュエットが始まった。

♪灰色の瞳
♪この空を飛べたら

トキコさんの、芳醇なワインのような歌声に、更に低く味わいのある声でコーラスするタブレット純さん。太くて低い男声で歌う歌声は、聞き惚れてしまう深みがあり、トキコさんの声と合わさると、まるで耳の御馳走といいたくなるほど美しいMIXとなる。

「タブレット純さんでした!ありがとう!半分あっち(天国)の世界をつれてきたわね!」

と笑うトキコさん。

「でも、コンサートっていうのはあっちの世界の人との思い出もいっぱいあるから」

あと1年と少しで、トキコさんは歌手生活60周年となる。
デビューはシャンソンコンクール優勝がきっかけだったトキコさん。でも当時日本でデビューするなら歌謡曲で行かなきゃといわれて、最初の3年くらいは、そういう作品を歌っていた。そんな話をしながら初期の作品「赤い風船」をギターでつまびくトキコさん。
♪赤い風船

赤い風船で遊んでいた坊やは、もういない、という内容の歌。
ユーミンの「ひこうき雲」とも通じるような、悲しい内容だ。
「可愛いのに悲しい歌。悲しすぎてあんまり歌えなかったりしたんだけどね」

♪ひとり寝の子守唄
♪あなたの行く朝

~いつの間にか夜があける 遠くの空に~

「いま歌いながら色んな人を思い出すんですけれども・・・」

昔、ほろ酔いコンサートがクリスマスの時期と重なった時、ふとアフガニスタンにいる中村哲さんに電話をかけたことがあるそうだ。電話口で何気なく、メリークリスマス!と言うと、哲さんはしばらく沈黙したあと「おときさん、僕ね、クリスチャンなんだ」と言ったという。

「あの人はたった一人でイスラムの人の中でクリスマスを迎えているんだなって思いました。それから、電話で、一緒にサイレントナイトを歌いました。目の前のあらゆる人が、どんな人であっても、どんな生活習慣や宗教であっても、あらゆる人を尊重する。この世の唯一の正義は命を救うということだけ。それが、中村哲さんからもらった大事なメッセージと思っています。
母は『人として出会えば、国は関係ない』と言っていました。
そういう思いで作った曲、聴いてください」
♪果てなき大地の上に

「ペシャワール会は、哲さんが亡くなった後も私はずっと続けて応援しています。日本ボランティアセンター(JVC)、そして去年からウクライナ支援をしてきたJCFからも今日は来てくれています。皆さんよかったら募金してくださいね」

そして一部最後は、コロナの緊急事態の時にトキコさんが作った歌。
大変な時に、一番大変なところに行って人を救おうとしている、哲さんのような医療関係者の方々ほか、どう応援すればよいのかわからない、現場にいる人々を想って作った歌だ。

♪この手に抱きしめたい

歌い終わったトキコさんが笑顔でステージを後にする。その姿が見えなくなるまで、拍手はやむことはなかった。

ヒダキトモコ

写真家。日本写真家協会(JPS)、日本舞台写真家協会(JSPS) 会員

東京都出身、米国ボストンで幼少期を過ごす。専門はポートレートとステージフォト。音楽を中心とした各種雑誌、各種ステージ、CDジャケット、アーティスト写真等に加え、企業の撮影も多数担当。趣味は語学とトレッキング。

​Instagram : tomokohidaki_2 / Twitter ID : hidachan_foto